2011年10月

2011年10月30日

タブロイド

受け取りました、夕刊フジ。
10月7日発売だったのかぁ。

いきしゃあしゃあと語ったことを綺麗にまとめてもらっています。^^
細かいところでちょっと手直しがいる部分もありましたね。
ま、それを突っ込んでくれる猛者が居てくれたことを願うばかりです。

今となっては出版時期も実に妙でしたね。
自転車についてこんなに話題が高まるだなんて。

探したんですけどウエブ版が見つからなくて、記事としてお見せできませんが、ま、記念撮影ということで。^_-
https://livedoor.2.blogimg.jp/tetchin01/imgs/0/e/0e03bc7f.jpg

Mさん、ありがとうございました。
この記事の影響で警察庁が動いた!?なんてことはないか。^^ゞ

tetchin01 at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)Hand Bike | 日記

2011年10月26日

権利と義務と、機会があれば

あれよあれよとテレビでネタになったかと思ったら、出ましたね。

「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について」
http://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/bicycle/taisaku/kouhou.pdf



そのなかで、例外的な歩道通行についての記述において、

「他方で、高齢者や児童、幼児を始めとしたそのような利用を期待できない者等には、引き続き、一定の場合に歩道の通行を認めることとなるが、・・・」

となり、身体障がい者の言葉がない。^^

こんな考えは結局、字数制限でそうなだけだろうヌカヨロコビなだけだと思われるが、一時の幻想として、特殊車両においては”期待できない”ことと直結にされなくなったと解してしまう。


  ハンドバイクの実力が認められたのか!


なんて言ってみる。^^ゞ
(結局、アダプタ式ハンドバイクは厳密なところ”軽車両”だけであって、日本では“まだ”自転車ではない)



とはいえ、色々なところでコメントされている通り、「権利」と「義務」を明確にして且つ運用しようとしている訳で、これからは乗り手の意識向上が必要なのだと考える。

それに足して、我々ハンドバイクを含めた特殊車両においてはもう一つの要素がある。

それは「機会」だと考える。

しつこく、イメージを書く。


3輪の科学8_1


3輪の科学8_2



3輪の科学8_3



今ある制度の上の「自転車」だけのことだけで制度を運用しようとしても、馴染みという武器を使って元に戻る可能性がある。

なぜ、自転車レーンなどが必要なのかといえば他の車両との車道のシェアが重要な訳で、自転車にも他の形があることによってシェアすることの重要性が高まれば、元にもどり戻って普通自転車の利便性が上がることは「間違いない」と考える。

話は変わって、自動車免許の教習内容においても今まで以上に自転車の教育を行う記述になってる。

学ぶ方も利用する方もお互いの存在があることで注意しあえる存在になるのであれば、ハンドバイクなど、自転車でもこれだけの種類の特殊車両があることをあらかじめ織り込むことができれば、邪魔者扱いされる感覚が減っていくのではないかと考える。

それと同時に、自動車側においても身体障がい者がいる訳で、ハンドコントロールによって運転する側も同じ土俵に乗って学ぶことになり、そのような学習時に於いても同じ機会を得られることとなる。

他者を知り、理解することが多様性を支えるチカラとなるだろう。




これは個人的な感覚だが、今までさんざん、「安全と安心」と表現されていたが、今思うに「安全」と「安心」は別な物だと考えるようになった。

「安全」とは、お互いに注意をしあって、さらにそのバランスが取れている状態。
「安心」とは、安全な状態の上でさらに他者により守られていることにより、注意すら必要のない状態。

この「他者」を本来は大人と呼ばれる大勢が担うはずが、その存在がなくなったのが今なのではないかと考える。



「車道が怖い」とよく目に耳にするが、それは子供がエスカレーターを乗れなくて怖がっているようなもの。優しく手を取って乗り方を教えてくれる、そんな大人が求められているのだろう。


tetchin01 at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月24日

時は時として、時を越える

石巻にて、鈴木さん夫妻。お店復活するぞの図。
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この写真はすばらしすぎる。(T_T)

ピースサインと、奥さん頭上の時計。


津波はすべてを飲み込んだが、

時間はすべてを包み込んだ。





(出典元:http://chunkawara.exblog.jp/13864668/

tetchin01 at 21:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月23日

ハンドバイクができること

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災害に遭ったらどうなるか?

訓練といっても身に入らない。どこかよそ事。
想像ができない。

ならば。

今さらながら、いや、今だからこそ行ってきた。

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家が流れていたら?
逃げていたら?
避難所にいたら?
仮設住宅にいたら?
生活は?
仕事は?
道路は?
自転車は?





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お邪魔したのは前号の通り、全壊地区、石巻にある「その子供さいくるぅ2号店/東助となり」

今回、一番最初に目にして最初から最後まで気になり、考えていたもの。
IMGP0566
はて?

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疲れたような、悲しそうな目に見えて仕方なかった。
もう、元の場所を示す目印でしかない、君たちは何からガードをしていたのだろうか?

これらは地盤沈下ではなく、道路を盛り上げているとのこと。

当初、自衛隊車両を通すためだったろうけど、今では生活路。
自動車が通り、自動車で物流が起ることが目的。
その生活路には人は通るのがやっとの幅、というよりすき間。自転車もすき間。
本来の歩道は側溝がわりに水をとどめる役目となっている。

もし、しぶとくその中で生活しなくてはならない場合、はたしてハンドバイクが通れるのか?
もし、通れないなならどうすべきか考えたかった。

残りはもう少し頭をひねってから、もし言葉にできたなら文字として表現したい。



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仮設住宅の団地も足を踏み入れることができた。
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ちゅんさん、ありがとう。
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tetchin01 at 22:48|PermalinkComments(2)TrackBack(0)Hand Bike | 日記

2011年10月21日

その子供さいくるぅ

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今日は被災地を案内してもらってましす。(^^)


tetchin01 at 13:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

ハンドバイク@石巻

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ついに来ました。
天気も上々。


tetchin01 at 08:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月19日

3輪の科学・7<反論>

はじめに、これは自転車好きが個人的な思考をもとに書く、非専門的な自由研究である。

<今までの記事>
3輪の科学・1<転倒>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50647877.html
3輪の科学・2<転倒動画>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50653042.html
3輪の科学・3<リハビリと日常と競技と>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50664765.html
3輪の科学・4<駐輪>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50666104.html
3輪の科学・5<自転車の普通>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50666339.html
3輪の科学・6<可能性>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50666566.html

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ひょんなことできっかけがあり、この報告書を読み返した。

「元気になる自転車」を求めて
(障がい者自転車ニーズ調査研究事業 報告書)
平成22年3月 財団法人 日本自転車普及協会
http://www.bikecology.bpaj.or.jp/information/pdf/2010NEEDS-repo.pdf

(なぜか平成22年度の報告書のウエブ掲載がないわけで)
「元気になる自転車を求めて、高齢者・障がい者向け自転車カタログ掲載中!
http://www.bikecology.bpaj.or.jp/information/pdf/koureisyasyougaisyazitrnsya.pdf

平成21年度の報告書をまだ深くは読み込んでいなかった。
翌23年度は無理矢理参加したわけだが、ハンドバイク(報告書中ではハンドサイクルと表現されているが、ここではすべてハンドバイクと記す)の記事が少なく、正直、自分の意識との温度差を感じ、深くみていなかった。

このふた年度を比較しながら目を通すと、ハンドバイクに対する事務局側の意識の変動が読んで取れた。
平成21年度の報告では【実用性に欠けるため(P12)】として取り上げていなかったが、平成22年度では数台の紹介がされている。
ただ、それでも“珍しい乗り物”という域を超えておらず、テレウス社が名前しか出ていない処からも事務局との温度差とともに距離感を感じていたのが、報告を読んだ感想である。

しかし、”なぜ実用性に欠けるのか”を深く考えてみると、そこに必要とされるものがより具体的に浮き出てくることがわかる。どうしてその作業をしなかったのか、不思議に感じた。

極端な書き方になるだろうが”実用性に欠ける”ことを反論しながら、報告書を補完しようとするのがこの記事の目的である。

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平成21年度の報告のキーとなる言葉が「ロコモティブ・シンドローム」(運動記全体の機能低下による疾患)がある。”キー”というよりも”柱”と表現した方が似合うかも知れないが。

【予防にはトレーニングが必要(p3)】としつつ、【加齢障がいを含む障がい者は、怪我をしたくない、させたくない、という本人と家族の思いから自転車を危険視する傾向がありますが、(同)】と記している。

そして、その”危険性”を転倒として、【停止・低速時に転倒しない3輪車が注目されています。】とまとめている。

なぜ危険だと感じ、自転車を安全に利用するために必要なものを探ってみる。

一つたとえ話を考えてみる。そう、たとえば車いす。
脊損の場合、事故(受症)後はリハビリと言う名の訓練の日々がある。
言葉のイメージとは多少違い、今ある運動機能を使ってどのくらい社会生活を送れるようになるのか。それを知る医療スタッフと、本人の鍛錬と習慣付けを身につけること。もちろんその場面は病院内。
ある程度できるようになってから、いよいよ社会デビューとなる。
人によっては、そこからいわゆる障害者スポーツに取り組み、社会的成績を残すようなこともある。

自転車にも同じような段階があると考える。
それを下図のように表現した。

<使用する場所による分類>
3輪の科学8_1

<使用目的による分類>
3輪の科学8_1_2


自転車を自転車として”普通に”利用するということは一般道に出ることだと考える。
そして、そのための練習があり、場合によってはレースなどにも出場。またそのレースのための練習もある。

そのように考えると、危険が発生することと利用することとの間にはある一定のところまでは路面状態など物理的条件だけを考えれば済む場面があり、さらに物理的な条件だけではなくルールなどの交通社会への適合能力を必要とする場面があると考える。

平たくいえば、一般道を日常利用するにはただ走れれば良い、だけでは済まされないと言える。

また、3輪は静止状態ではその場に立った姿勢で立ち止まることはできるが、走行中は常にある程度のバランス感覚が必要である点に言及していない。これこそが”危険”でありつつも”訓練”となるきわめて重要な事柄であると考える。

その点については下記記事を参考に。
3輪の科学・1<転倒>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50647877.html
3輪の科学・2<転倒動画>
http://blog.livedoor.jp/tetchin01/archives/50653042.html

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

次に、障がいの違いによる【さまざまなケースが想定される(p9)】を考えてみる。

ひとまず、年齢層と発症・受症の時期との関係から自転車の利用の仕方を考える。
3輪の科学8_3

凡例)
A:先天性障がい、B:中途障がい、C:加齢による高齢時に起る障害、
D:加齢による寝たきり状態

【特に加齢によるものや、治癒の可能性を残している足腰の障がいについては、(同)】とあるが、なぜ、この調査の場合、高齢者が筆頭に来ているかを考えるとその理由の一つには人は年月を経れば「高齢」になること、もう一つに「自転車及び自動車の運転経験があり、健常者に近い状態である」ということがあると考える。

しかし、若いうちに障がいを持つことになる場合も多々あり、未成年であって交通社会に馴染みがなかったり、成長すれば高齢者になってゆく。

それであっても若年者は自動車免許の取得により交通ルールを身につける機会もあるが、それよりも前に通学や日常生活に自転車を利用することによって免許取得よりも前に相応の知識を得ることが望ましいと考える。また、免許保有者でも中途障がいから、経済的な理由などにより住まいや駐車場の問題を持ち、すぐさま自動車のある生活にならない場合もあると考える。

移動手段・機能維持/回復・身体機能向上、これらは年齢と利用方法によりその量的質的に同一とは言えず、適材適所の利用方法が求められる。それらが雲をつかむような曖昧なものばかりではなく、必要とされるもの・ことをひとつひとつ積み上げればその最大公約数も見えてくる。

そこで、自転車を利用することに期待すること、求めていることをイメージとしてまとめると下図のようなことかと考える。
3輪の科学8_2

ただし、自転車に乗ることで移動することのすべてが解決できる訳ではなく、場合によっては徒歩や車いす移動の方が合理的な場合もある。
例えば、上り坂。体力的に漕ぐ力が足りなかったり、構造上たいやがすべって進まなかったり、最悪には転倒してしまう場合もある。
反対に下りにおいても、ブレーキをうまく使うことができなかったり、ブレーキによってバランスを崩し転倒してしまう場合もある。

それらの”負”の部分を理解し、感覚に慣れ、利用することが必要であり、その上で、必要に迫る部分を電動などで補助する必要もある。しかし、その電動も出力が大きければ言い訳ではなく、自分で制御できる範囲で利用する必要もあると考える。

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特にハンドバイクにおける問題点を考えた場合、この報告書の【どのような自転車を想定する(p12)】の後段から、欧米との比較を読んでみると(以下部分引用)

(欧米)
◎四半世紀前から実用化され
◎すでに高い実用性が証明され
◎あらたな開発の必要は少ない
◎2004年アテネ・パラリンピックより、ハンドサイクル競技が正式種目
◎欧米各国で手厚い支援
◎さまざまなタイプが開発
◎車道端を走行できる環境がある欧米向け

(日本)
◎わが国にも専門店が存在
◎自転車の歩道走行が常識化
◎こうした自転車を使いやすい環境がなく
◎開発・普及は進んでいません
◎車いす70cm(中略)普通自転車60cm
◎車いすに自転車機能を付加した場合、これを自転車と見るか車いすと見るか
◎混乱を生じる
◎歩行者にとって非常に危険
◎わが国で使うことには無理がある

これらはただ”環境がない”ことを明文化しようとしているだけであり、欧米としている理想像がそこにあるにもかかわらず、何の比較も行われていない。

既出ではあるが下記(株)テレウスの記事を参考に
ハンドサイクルの歴史:
http://www.terreus.co.jp/02handcycle/geschichite/geschichte.htm

発祥 :1983年(アメリカ)
    1988年(ヨーロッパ)
      1989年シュトリッカー氏
レース:1991年(アメリカ)
    1993年(ヨーロッパ)
      1995年シリーズ化(自転車レースにて)
    1998年ドイツ障がい者スポーツ連盟発足
         選手権開催
    2004年アテネパラリンピック

まずおもしろいのが、2輪レースのデモンストレーションから始まっていること。
これは自転車としての認識があり、道路を共有することを前提とした考え方であると言える。

構造上、レース用はシートまで固定されている「リジッド型」であり、これはシートのたからを高くしたサイクリング用も存在する。一方、車いすに取り付ける「アダプタ型」は残念ながら厳密には日本の道交法上自転車の規則には当てはまらない可能性がある。限りなく自転車に近く、そして車いすにも近い存在。

その形であるからこそ利用価値があり、その形だからこそ道路を走ることができ、その形だからこそまとまった時間の走行が可能で、その形でなければ利用できない層も存在する。

それであれば、ワザワザ健常者にあわせた分類することはなく、手で漕ぐことを前提として「ハンドバイク」という分類をすることも一つの選択肢であると考える。もっとも、その次に、足と手を一緒に使い漕ぐタイプもあることも念頭に置かなければならない。

欧米化が常に良い訳ではない。しかし、結局はすでに考えが巡られ、議論され、先に淘汰されている現状を分析し、どう活かすことができるかを思考することは、交通弱者が社会参加するということだけではなく、その交通弱者を視野に取り入れることによってより交通社会の全体像が見え、そのための施策を行うことにより、交通全体の利用価値が上がるものと考える。

2011年10月13日

こっちも韓流に押され気味!?

待望の国産、オーエックスさんのハンドバイク(サイクル)が完売により終了している昨今、ついに韓国からアダプタ式ハンドバイクが出たようだ!


http://www.youtube.com/watch?v=GH-6Uem_eeg

36)

車いすも、アダプタ部もオーエックスさんのものにそっくりに見える。

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ただ、簡略化されている分、シュトリッカーに比べ衝突強度にとても不安がある。

34)

ホールディングとして専用のバックまで!

38)

そして、なんだこの余裕の顔。(^^;)

韓国ではインラインスケートも盛んと聞く処から想像するに、法律的にも問題は少ないのだろう。
日本ではゼロからのスターと言っても過言ではない状態だと思う。



さぁ、どうする!?




2011年10月12日

ハンドバイクな動画から

最近の動画から


http://www.youtube.com/watch?v=Qx1PQHB3JSg&feature=player_embedded

見逃しませんよ。
36)

BionX しかもシュトリッカーについてる!真似たいなぁ。

それから、
19)

レース用トライク。日本でも愛好家がいるようだけど、ハンドバイク以上に少なさそう。
でも、逆にもっとその状況を買い物用にフィードバックできるはず。



さらにこちらも

http://www.youtube.com/watch?v=iStJFWIfNF4

15)

このウヨウヨさがすごい。
これが外国、向こうでできてなぜ日本にできない?
あまりの違いに思考停止になるのか?

さらに
43)
子どもたち。
なぜリジッドではなく、アダプタなのか?イロイロ考えてしまう。
・成長してしまうから
・高価だから
・借り物だから
・車いすの姿勢のままなので親も安心

それにしても、こうやって楽しんでいるのは、良い。



さらに

http://www.youtube.com/watch?v=lN-sTXNA0_E&feature=related


義足のスケーター
39)

陸上トラックやスノーボードは見たことあったけど、これは初めて。

マラソン・インライン・ハンドバイク・車いすマラソン、これらの融合。
日本であっても、車いすマラソンのサポートにインラインスケータがついたり、マラソンコースの折り返し地点からのスタートでハンドバイクが片道で完結させるとか、もっと融合さする方法はあるはず。
そのために必要なのは”無知の知”だと思う。


36)07)


2011年10月11日

近況

先の週末は、

国際福祉機器展に行き、
IMGP0521IMGP0522今回の収穫はこれ



久しぶりに疋田塾の皆さんに会い、


夢舞いマラソンに参加。
IMGP0513IMGP0514IMGP0515IMGP0516IMGP0517IMGP0512

今回のイベント参加で学んだこと。

コミュニケーションが取れているというのは、小さいながらに「お互いに注意しあっている」状態であるのだろうと、おかげさまでやっと学習できました。
先日の行われたグットチャリズムの荒川ミーティングでも話題に上がったりしましたが、私が想うに何かに付けて「面倒くさい」が素なのかななんて感じました。で最後に信号無視にたどり着くのかと。

それと、最後の打ち上げでお話しした方から聞いた言葉が忘れられません。

「どうしてボランティアだけで参加しているんですか」との問いに
「いつもいろんなイベントでお世話になっているので、たまにはそのお返しでボランティアだけで参加しているんですよ」とのお答え。

それだけマラソンの裾野が広いのだなと、改めて感じました。
自転車はまだまだなのかもしれません。

ハンドバイクに至っては今まで、どこなら走ることができるのかを探っていた期間だったので、これからは考え方が変わりそうです。とはいえ他のハンドバイク人はどうしてこのイベントに興味ないのかわからないのですが・・・どうも公道走行がネックなのかな。そこから切り崩しにかかる必要があるようです。


tetchin01 at 23:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)