2012年12月

2012年12月15日

高齢化とは

ツイッターを経由して下記の寄稿記事を拝見しました。

高齢者の自転車利用促進の有効性
~自助による自らの足の確保・病気予防と医療費削減の可能性~
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/pdf/u55_01.pdf

出典元:(株)三井住友トラスト基礎研究所
http://www.minto.or.jp/print/urbanstudy/urban_55.html



主題の通りで高齢者の自転車利用についての内容ですが、これは「高齢者」を「障がい者」に置き換えて読むことができます。

高齢者とは何かといえば、「加齢により何らかの身体機能が低下した者」とすることができ、例えば私の「外傷性脊髄損傷による体幹機能障害」と同列にすることができます。

とすると、高齢化問題とは健常者がいずれは障がい者になると言い換えることができ、障がい者の環境を整えることができれば高齢化にも対応できる。と考えられるはずです。

そんな視点からハンドバイク的思考で上記の寄稿記事を見てみましょう。
(<>内は引用)



(P2)<後に述べるように、高齢者の 徒歩による移動可能性の範囲は500mが限界という人が後期高齢者の半数を占めており、この範囲での生活を成り立たせるための施策はきわめて限界がある。>

どうでしょう、例えば車いすだけでこのくらいの距離を移動していますか?どの位からが自動車で移動する選択をすのかというより、その距離で行える用事はあるのかということが重要ですね。



(P8)<発生確率の低い理由については、自転車は自分の能力以上の速度は出せないが、自動車はアクセ ルを踏めば自分の能力を遙かに超えた速度を出すことできてしまう。これほど危険なことはない。まちがった判断や動作が大きな事故を招くのである。他人に危険を与える程度は自転車の場合とは遙かに異なるのである。>

この能力以上というところが一つの分岐点ですね。下り坂の惰性、電動アシスト、フル電動、能力を超えるということは予想できない範囲であるということもできる訳で、予想するためには訓練が必要であると考えます。



(P8)<また、二輪であるために、走行を維持しようとすれば、バランス感覚が必要であるため、運動能力がない場合はそもそも乗りえない。>

法での決まりもおもしろいもので、4輪からは車(car)であり、3輪までは2輪と同じ扱い(bike)なのである。それもそのはずで、実際に3輪は倒れない特性を持ちつつ実は走り出すと意外にもバランス感覚が必要なのです。そのことをアピールできれば人生のもっと長い時間バランスの訓練は行えるのです。



(P9)<このように考えると、運動能力の劣ってきた高齢者でも、運転できる自転車は、自助による交通手段として極めて適切かつ重要な移動手段であるといえる。>

車いすでも手の皮が剥けたり、夏の熱で手がやけどしたり、冬の寒さで手がかじかむ、等による手の故障をハンドバイクのグリップを使うことによって回避することができ、より移動の範囲も広がるのです。



(P10)<我が国の死亡原因についてみると、その 2/3 近 くが生活習慣病である。>

運動するとメシがうまい。これ以上は申しません。



(P15)<場所の制約や行動範囲は、高齢者の行動範囲が狭い中で他の運動よりは自転車こぎを取り入れることが容易であること、その他 の項目も経済的や能力的な制約がある高齢者の運動形態としては、きわめて適しているといえる。>

そっくりそのままハンドバイクに置き換えられますね。



(P16)<ポートランド自転車計画では、高齢者の走 行空間のためにも、幅の広い自転車専用レーンを 整備することが必要であり、さらに、この幅の余 裕を持たせることが一般の自転車利用者の安全性 の向上にも寄与するのであるとしている。まさに、 高齢者の自転車利用を支えるとともに、幅の広い 空間があれば一般の人も安心安全に走行できると いうことを示している。>

同上、ハンドバイクにしてしまいましょう。



(P16)<このようにクルマがだめになった場合は、二輪自転車を利用し、発進時のふらつきがあったり、坂道を上る体力に自信がなくなれば、電動アシスト自転車、荷物の量や体積が大きい場合は三輪自転車、そしてさらに電動アシスト三輪自転車など自助と公助をうまく組み合わせた対応が体力と運動能力のある限り可能である。>

まさにハンドバイクを使う理由であり、電動化の理由。



(P18)<(2)高齢者に向いた自転車の開発・活用>

あら、例の報告書が引用されています。さらにNJ1の載っていページではありませんか。偶然なのか意図的なのか、いずれにしてもハンドバイクの文字が見えるのは嬉しいことです。



(P19)<(4)クルマ利用者や歩行者の自転車に対する行動 の改善の必要性>

ドライバーでもある側としては胸に手をあてて考えることも必要。



(P22)<今後、自転車施策を構築するに当たっては、自転車利用者という言葉で、一括して取上げるのではなく、高齢者を一般利用者とは区別して、その特性に応じた施策の構築が必要であり、このこと が効果を上げると、一般の自転車利用者も、自転車走行空間の幅がゆったりと確保されることによ る安全性の向上や高齢者にやさしい勾配の確保による快適性の向上などのメリットがあり、全体としての自転車利用の安全性・快適性の向上を図ることが可能となるのである。このように、高齢者でも的確な施策により十分な自転車利用の対応が可能であり、これをてこにした自転車利用促進策の可能性や効果をしっかりと意識した施策の検討・構築が急務である。>

まさにこの一文に尽きます。



ということで、一企業から発せられた寄稿ではありますが、著者が著者なだけにこの内容をぜひ今後の展開に反映されていけばと願うのであります。

以上のように高齢化問題を障がい者問題と置き換えることができ、高齢化という”これから先の問題”ではなく、障がい者という”今ここにある問題”ということができます。


tetchin01 at 15:31|PermalinkComments(4)TrackBack(0)日記 

2012年12月13日

電動自転車

先日、本屋にて物色した中の1冊。
どうやら電動の特集で、立ち読みの時間もなかったのでとりあえず買ってみた。
ペダルスピード15 (NEKO MOOK 1860)
ペダルスピード15 (NEKO MOOK 1860)


「特集:ミュンヘンで見つけた最新の電動アシスト自転車」ということでドイツのミュンヘンで行われた「ISPO BIKE」は、シティバイクを主題にた自転車の見本市。とのこと。

ついに手を出してしまった電動ハイブリッドも、正直今もまだそれで良かったのか?と迷いがあり、心細さを穴埋めするための資料としたもの。少し前だったら絶対に買って帰るなどということは無かったと思う。

今まで動画検索で引っかかってきたシステムたちが出てくるのが嬉しい。(^^)

後ろの方では日本の製品群が載っている。
残念なのは、なぜこの両国の差を取り上げ、より詳細に記事にしなかったのかということ。

ショップの紹介文に「国内で販売されているほぼ全ての電動アシスト自転車を扱い」(P109)と記事にするものの、より明確な”言葉の扱い”には触れていない。
もはやそんなことは常識なのか?

ちなみにユーロバイクの記事から通すと、「電動バイク」「ペダル付きスクーター」「電動アシスト自転車」と使い分けているのがわかる。

記事のコメントと個人的想像からそれぞれを定義付けると以下のようになる。

「電動自転車」:
モーター出力250Wの電動で、スロットルなどアクセル操作により自走も可能なアシスト機能を持つ車体。最高速度は25km/h。

「ペダル付きスクーター」:
モーター出力500Wの電動で、(以下同文)。最高速度は45km/h。ナンバー取得、ヘルメット着用が必要。

「電動アシスト自転車」:
道路交通法施行規則 第一条の三(人の力を補うため原動機を用いる自転車の基準)に準拠する車両。

どうだろうか。
各国の条文を読み解けば良いのだけど、そこまで根気が無いのが正直なところ。

このムックは初めて買ったのだけど、他の号を表紙だけ見てみると、正統でも邪道でもないいわゆるアンダーグラウンドを狙っているのか?と思うも、自分はその手の道はわからないので妄想のみ。
変わりモノ好きな勢いのある人が今号を見て、個人輸入で電動自転車を日本国内を乗り回して捕まったり、ましてや事故を起こさないことを願うばかり。


去年のいや、今年の初めまでは”電動アシストは敵”というよなイメージを、ひがみなのか勝手に抱いていた。

ガラパゴス現象として上記の道路交通法施行規則があり、車道を多く走るママチャリがいて、アシストなんて邪道だと。

しかし、その動力を用いることによって健常者の自転車走行の標準型を手に入れられるのだとしたら、あえて前向きに考えてみると、ひょっとしたらロボット技術の前触れなのではないか?など考えるようになった。

反面、健常者がアシストを使って何が何でも健常者なのだとしたら、自転車の市民権とははて何なのだろう?と不思議に思えてならない。車道が狭いから、自動車が怖いから、それは逆もまた正なり。
アシストとは、そのアシスト力を使って何を実現できたのかを考えれば、何をすべきか、どう変える必要があるのかも、自ずと見えてくのではないかと思うのだが・・・。

そして、普通ではない自転車においては、ペダルを回す労力に比例してそのチカラを増幅してくれる仕組みであるので、その達成感は何事にも替え難い。

自転車を目的として走ることにこだわればレースタイプに移行するだろう、しかし、自転車を手段として移動することを目的と考えればこのアシストならぬ”人力ハイブリッド”があるべきだと、今はそう信じる。

そして、オートバイのようにアクセルを操作するだけのような操作感とは違うこととあわせて、アダプタタイプハンドバイクとはカラダの一部である車いすに電動が装着されるのであり、まさに合体ロボ。

アダプタの一番の醍醐味は、思わず「がしゃーん」「じゃきーん」と効果音が口をついて出るのは車いすがカラダの一部であることの特権。





これは乗り物ではないんです、パーツでありユニットなんです。

偉い人にはわからんのですよ。

(やっぱり最後はガンダムネタ)


tetchin01 at 23:43|PermalinkComments(2)TrackBack(0)日記 | HandBike2.0

2012年12月09日

改造

バッグが欲しくなった。
リクセンカウルのホルダーに付けられるヤツ。

でも純正のは結構値段が高いしイマイチ気に入らない。
でもコレならばとモンベルで良さそうなのを購入。
さっそく改造してモドキを作ることに。

まずはホルダーを取り付け。
PC083383

背面には純正品のように樹脂パネルも入れたので、垂れ下がることもない。(^^)y

さらに反射材を多用、肩掛けベルトにファスナーの取っ手にも。
いい加減な縫い方なのはご愛嬌。
PC093388


これがために思わず安いミシンまで買ってしまった。
次は輪行袋を直さなくてわ。(はあと)

tetchin01 at 18:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 

歩道の取り説

ふつーに街中をポタリングをしていて良く感じること。

”なぜ車いすの人に滅多に出会わないのか?”

バリアフリーと叫ばれるようになってからかなりの年月が過ぎ、整備されていることは街並を見ればすぐわかり、歩道において人や、(不本意ながら)自転車も増えたと思う。

なんだかんだとハンドバイクでポタリングするようになったことの反面、ハンドバイクはおろか高齢者にしろ若年者にしろ車いすを見かける機会が増えたかといえば、ほとんど変わらず見かけることは少ないと感じるのは無礼なのだろうか?

ということは、整備する前も後もバリアが取り除かれていないのではないか、と。



先日、職場伝いに「道路のバリアフリー」に関する研修というの受けた。
その際、「ブログで書いていいか?」と問うたところ、否定も肯定も無かったので、良識の範囲内で個人的テーマであるところの”2cm”の段差について考える。

車いす諸氏に試して欲しい。「歩道 2cm」と検索すると市区町村単位でさまざまな項目がヒットする。
そう、否定や肯定ではなく、もはや共存しなくてはけない存在なのである。



では、バリアフリーによってどのような整備がなされているのかを知る上で、手前味噌に地元の以下のページからその項目を見ることができる。

道路のバリアフリー化とは(横浜市道路局のページ)
http://www.city.yokohama.lg.jp/doro/shisetsu/bfree/about-bfree.html

「誰もが歩きやすい道路とするため、道路のバリアフリー化を進めています。道路のバリアフリー化には次のようなものあります。」とあり、要約してみると

1) 2cmの段差
2) 歩道の幅員
3) 歩道の縦断勾配、横断勾配
4) 視覚障害者誘導用ブロック
5) スロープ、エレベーター

といったところで、これらと共存ができていますか?というところが快適さを保てるかどうかの指標になるだろう。


そもそも、車いすの活動場所として考えてみるとそれは「病院内」から始まる、と考える。
常に平らで、スロープの坂(縦勾配)は若干あるもののその角度は小さく、あわせて横勾配はほぼ無い。

そのような環境に順応した構造の車いすでイザ外(公道)に出てみると、街並み全てが病院内のような”のっぺり”とした環境ではないため、利用しづらさを感じ、移動が”ただ面倒なこと”になってしまう要因なのではないかと考えてしまう。

とはいえ、この様な上記リンクの歩道の説明イラストをあえて健常者へ向けて、「なぜ」を知らせる為に利用できないかと強く感じる。

反面、意識しなくては利用しなくてはならない人へは、”道具とともに教育する”という直接的な行動が必要だろう。例えば車いすの説明書に添付するなどが考えられるが、いかんせん各地方ごと内容にばらつきがあるため、一様にコレとはできないのが実情だろう。

自分がハンドバイクにのめり込んだのも本来はオフロードの走行を解消するためだったはずが、気がつけば「道路の利用しにくさ」を解消できるツールであることを実感したからに他ならない。

12インチで組み立てたクランクありのハンドバイクや、LOMO360の前輪ユニットを使うことで段差を気にしない快適さを手に入れることができた。
これが無いときは常に段差に気を使うことになる。その昔、幾度となくつまずいた。

もはやトラウマである。



先日、たまたま見かけたこの番組。

ためしてガッテン
40代からすでに危険! 転倒死をホントに防ぐ
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20121205.html

問題の根本は違うものの、何か共感してしまうのである。



自問自答が尽きない。バリアとは何か。
たまたま、同じ時期にコンパクトシティー構想に関する研修も受けた。
さすがにこれは自分からは「雲の上の話し」なのだろうと思えもしたが、ゆくゆく考えてみると今回購入しようとしてる電動ハイブリッドを肯定するための考えにも繋がった。



もう一つ感じたこと。
バリアフリーにしても、コンパクトシティーにしても、結局は”選択と集中”により手がける範囲を限定して効率的な実現を目指そうとしてる。

その集中の中心が”駅”を中心にした範囲で囲まれたエリアであった。
脊損の車いすである個人的感想からすると、駅にこだわる理由が霞んで見える。

それは、車いすが駅前に出るまでがアドベンチャーであるからだ。

自家用車で行くにも駐車場が使えるか、満車じゃないか気になり、億劫になる。
バスを使うにもまわりから「ッチ」と舌打ちされまいかと、億劫になる。
タクシーで行くには費用対効果から、億劫になる。
自力で行くかと言われれば、時間的に億劫になる。
あえてワガママで言えば、坂を”一生懸命に”登ることも億劫になる要因の一つ。
一生懸命をちょっと疲れるに変えられたら・・・と考えると、

あら、ハンドバイクがあるじゃないか!となる。(我田引水)



カーゴバイク、トライク、リアカー、そしてハンドバイク。
3輪はコンパクトシティーにも良く合い、結局はユニバーサルデザインの基礎となり得るのだろう。と、霞んだ未来よりも、淡い色に包まれた夢を抱いてみるのである。

tetchin01 at 17:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記 | HandBike2.0

2012年度第4回自転車活用研究会in関西

自活研の会員さんがUSTで動画を上げてらしてます。
先日のガイドラインにまつわり、大変興味深い内容です。
2時間でもあっという間。(^^)

http://www.ustream.tv/recorded/27553564

【自転車活用研究会in関西・第4回】
「自転車環境創出ガイドラインが拓く交通社会の未来ーーー
      日本初の女性自転車博士が説く展望と残された課題」

提携

おっと、シボレーが。




(概要より)
Chevrolet is proud to serve those who serve. Chevrolet engineers partnered with a group of mechanical engineering students from Michigan Technological University to develop a better, more efficient hand cycle for the Achilles Freedom Team of Wounded Veterans.

(google翻訳での直訳)
シボレーは、仕える者にサービスを提供できることを誇りに思います。シボレーのエンジニアは、けが人の退役軍人のアキレス・フリーダム・チームのためのより良い、より効率的なハンドサイクルを開発するためにミシガン工科大学で機械工学の学生グループと提携しました。




そういえばBMWも。


Alessandro Zanardi - Golden dreams.




T社、N社、H社、S社、・・・さてどうする、ニッポン。

2012年12月02日

2輪方式

また出ました、2輪方式のハンドバイク。
胸当てがあり、正座タイプとして新方式を提案している。



走行性能はどのくらいなのだろうか、これだけでは未知数。
しかし、健常者の自己満足とだけはならないで欲しいと願う。

ガイドライン

ついに出ましたね。

「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」について
http://www.mlit.go.jp/report/press/road01_hh_000300.html

まだその全てを読み終えてはいないのですが、ざっと流し読みしたところで気になったことをば。


残念なことは、p3に「普通自転車」の言葉が残ったこと。
ハンドバイクやタンデムなどの普通ではない自転車は、まだ少しマイノリティでいる必要があるようですね。
それでも、後述の通りアダプタ式のハンドバイクはその範疇に含まれるものと考えますが・・・。

また、pI-11、図I-4 基本的な整備形態(イメージ)を見て、自転車と自動車との共有としての自転車レーンが整備の基本となることはとてもありがたいのですが、頭にある自転車道の存在は、地方でのレース用ハンドバイクの走行に支障を与えてしまい、今後のレース文化を阻害しないかと次世代に向けて不安が残ります。



とはいえ、ハンドバイク的に前進できたと思われることが!

-IV-18-のページ(全体の半分くらいの場所)に

「IV 自転車利用の総合的な取組」
「事例IV-25 高齢者が利用できる自転車や車いすと連結可能な自転車などの周知・PR事例」

と、例のパンフの画像とともに



「車いすと連結可能な自転車」


という言葉が加わったこと。
これは変化の兆し!?

これがハンドバイクそのものなのか100%の確証はありませんが、楽観的に、未来のカタチとしてその視野には入ったものと考えます。

重ねて残念ながらもうしばらくマイノリティとして普通以外の自転車が存在する訳ですが、腫れ物を触るように一足飛びにあらぬ方向付けされるよりも、これからの可能性とできないことの不可能性を理解しつつ、今後の活用の幅を広げられることがより理想的だと思います。

そのためには、現利用者がその必要性を訴えつつ、これからの利用者層を広げ、交通社会全体での位置づけを定義していきたいですね。

あわせて、交通社会から隔離した利用方法としてレース文化があることを主張し、その成果をアピールできればバランスの取れた関係もでき、より理想的だと思いますね。
車いすだって生活の場面とスポーツの場面とで共生できたのですから、さほど無理なことではないでしょう。

何より健常者にとっても有益なはず、と考えます。
共生共有の始まりであればと。続きを読む

tetchin01 at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日記