弱ペダサコッシュハンドバイクというもの(車いす補助車両等(仮称)の科学・1)

2011年11月06日

サイクルモード私的まとめ

ここ2年くらいは何かハンドバイクに使える物はないかと、それを重視に、で、所々で行われていたトークを聞く。という調子だったけど、今回はがっつりトークを見てしまった。
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やっぱり警察庁の通達がらみの話が気になって、さらにそれを塾長が話すとあっちゃ、あんた。

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サイクリングロードばかりしか走る場所が見つけられず、車道なんてとんでもないくらいにしか思っていたのが遠い昔のように感じる。

どこか別の走れるところがないのかを知りたくて疋田さんの存在を知り、なんでハンドバイクの文化ができずそれが根付かないのかがわかり、逆にハンドバイクの存在がなにかできるんじゃないかと思ったことを思い出しいながら、その熱弁を聞いていた。

最後のに「我々、自転車乗りができることをやらなければいけない時期に来たのだと思います」この言葉を聞いたら、猛烈に感動してしまい、お恥ずかしながら目が潤んでしまった。

自転車でも車いすでもないハンドバイク目線で、この時代をこの感覚で味わいつつ、変化を感じられるだなんて、辛いけど幸せ。

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もう一つの楽しみにしていた弱虫ペダルの渡辺航氏のトークショウ。
これだけの話を作るという作業がまるで昔のセル画を重ねあわせていくように、あの場面この場面をいくつも積み上げるようにして話も盛り上がって行く過程を聞けた。クリエイティブな作業どのようなことなのか垣間みられた気がする。
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昨日のシメは4代目自転車名人の発表。
舞台に着いたのが遅くなってしまって一番脇からの見物。
その結果も右京さんと決まり、納得の人選。
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何か今日まで、区の広報の仕事して、
グッチャリ荒川に興味本位で行ったら、
そのグッチャリにインラインスケートの方を紹介できて、
そのつながりで今度は紙面に自分が載っちゃって、
かと思えば警察庁の通達の記事が出て、
グッチャリの集大成のイベントで右京さんを見たかと思ったら、
4代目としてお目にかかり、
・・・自分が中心に世の中が回っているんじゃないかと錯覚するほど。ぉぃ

そこで改めて思う。
なんでここに3輪の自転車やハンドバイクが無いのが、さみしい。
たとえば日本障害者自転車協会のこの記事(http://www.jcadweb.com/の「JCADの歩み」)がパネル1枚、ハンドバイクが1台展示してあるだけでかなり違うはず。

話は違うが、ちょうどこの行きの電車。電車が到着してドアが開き、駅員さんがスロープを広げようとする横を次々に横切って遮り、床においた上を易々とまたぎ、出発のベルが鳴ってからどうぞと声がかかる。

こんな世の中に対して自転車を教育していこうというのがどういうことなのか、不安や絶望感が先立つのも考え得るが、あえて反論する。やっぱりそこには自分のようなマイノリティの存在が切り離されていることなのだと思う。

KEEP LEFTのコーナーでの疋田さんの言葉。
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「今回の通達のことが叶えばこの取り組み(KEEP LEFT)も要らなくなるね。そうしたらな名前を変えて次の取り組みを考えましょう。例えば高齢者の自転車をどのように安全に走らせるようにできるとか・・・」

ここに一途の光があると思う。
ただし!今からそのことは下地を作っておくことが必要。
そのことは(取って付けたように整備することとなった)”バリアフリー”という言葉がその負の歴史を作っている。
これからという今だからこそその存在を示し、その空間を共有できる方法を先に示さなければないならない。



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tetchin01 at 10:36│Comments(0)TrackBack(0)日記 

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