3輪車の科学・車いす補助車としての取付型ハンドバイク 03輪車の科学・車いす補助車としての取付型ハンドバイク 2

2012年01月22日

3輪車の科学・車いす補助車としての取付型ハンドバイク 1

3輪車の科学・車いす補助車としての取付型ハンドバイク 1

1 >ハンドバイクという乗り物<

「健常者から障がい者へ」

車いす生活になり20年あまり。そしてこの10年弱の間、アダプタで組み付けて使用するタイプのハンドバイク(以下、取付型ハンドバイク)を使ってきた。

さらに最近では自転車についてを学び、走行空間や通行方法についてあらためて学んできた。そのことにより「ハンドバイクは自転車である」ということを主張するようになり、他者にたいしても広く認知させるために車道通行を実践するようになった。

さらに普通自転車と同様に輪行(電車移動の方法)の方法も確立でき、速度こそ健常者には追いつかないものの自力で車いすよりも速く移動できることができ、自転車を利用することの充実感を得られることがどれだけ有意義であるかということを実証してきた。

そうして街を見るにつれ、余りに速く移動する事に尽力したために、目的地に着くことだけを考えて景色を楽しめていないことが多く、あわせて、自分と同様な車いすで、街を散策しているような人を見ることも少ないことを実感した。

なぜ少ないと思うのか。
自分自身、車いすだけで歩道を使い街中を移動すること自体は好きである反面、不満を感じることが多々ある。

一番は絶えず路面状況を見ながらでないと前に進めないこと。
他にも、急な上り坂は休み休みでないと進まないことであったり、横勾配を気にしながら進むのがおっくうになりがちである。そのため”仕方なく”車いすを進めているといった感情になりがちである。



「移動手段」

街を移動する手段を整理すると、

健常者に於ける、
「徒歩・自転車・公共交通機関・自家用車」という形態がある一方、
車いす使用者の場合は、
「手動車いす・電動車いす・公共交通機関・自家用車」となる。

よって、車いすでの移動がどれだけできるかが、どれだけ自律してその街を散策できる度合いとなる。


もちろん、バリアフリーの取り組みとしての整備により移動はしやすくなったと感じるが、設計当初からのユニバーサルデザインとは離れていて、歩道橋の階段に行き詰まったり、歩道にスロープが無いまま終わってしまったりと、ところにより場当たり的な整備と感じる場合もあり、導線が確保されていない状況がある。街並がせっかく整備されていても車いすだけでは広範囲でそこまで移動する機会が少なく、そのためにそもそも不満に感じるという問題意識を持つ機会も少なくなることもある。

同じ車輪を転がす移動であっても、室内を細かく自由に動く手動車いすの構造と推進力を得るために設計されたハンドバイクの構造とでは進み方が違うため、移動できる距離の単位も違ってくる。

そこで、歩道通行を前提に考えた場合、車いすだけで移動していたよりもハンドバイクを使うことにより、細かな段差を気にすることがなくなり、変速機により平地での加速や上り坂での低負担での移動がしやすくなることにより、移動できる距離が増えてくれば、車輪で移動できる導線を確かめる機会も増えてくるだろう。

一方、自転車として走行するとなると普通自転車に求められる規律を同様に遵守する必要があり、車道走行が原則となる。もちろん、車道は自動車が走る道であるので途中で行き詰まることはないという特徴があり、車いすから見れば、すでにユニバーサルなデザインをされた環境になり、導線として何ら問題は無いはずである。

この2点に注目すると、歩行者としての取付型ハンドバイクの使い方と、自転車としての取付型ハンドバイクの使い方をすることが車いす使用者の快適な生活をより向上させる仕組みとなることは容易に想像できる。

次章より、有効な利用を促進する為にはどうするかを検証する。

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