欲望転送

2012年07月26日

あちらが巨人なら、こちらは鉄人?

銀輪の巨人

ま、この本を知ったのは疋田氏のメルマガだったわけで、なぜか読み終わった後のドキドキワクワクはとても似ていて、血の沸き立つ音が聞こえてきそうである。

最初手にしてその帯(裏面)の言葉にびっくりなのである。

「ニッポン自転車産業の強烈な空洞化はなぜ起きたのか?・・・」

そうか、やはりこれは空洞化なのか。
ハンドバイクに乗り始めてから疑問に思っていたことの終着点はそこだった。

車道なんて考えもしていなかったあの頃、フト見たビジネス雑誌のコラムにたまたま出ていた疋田氏に会ってみたいと学習院に行き、さらにコアな委員会があると自活研に参加し、偶然にも高齢者障がい者向け自転車の委員会にまで参加させてもらえたおかげで考え方の整理もできた。

ネットからの情報だけであっても、イチ個人としてハンドバイクについてこれだけ遅れてしまっている現状をどう打破できるのかと悶々としていたところだった。

反面、今まで霧のように見えていなかった自分の疑問そのものがやっと見えたところで、ひと段落ついてしまっている自分がいた。

その時期にこの書籍に出会えたことは大きい。

前半はGIANTについて書かれた物語で、ここをふまえることで後半がより興味深くなる。

そしてその後半に当たる、”第4走「Aチーム」という奇跡”(章を走としているのもニクイ)
年代のせいだろうか、単純に”Aチーム”という響きだけでむむっっときてしまうのである。^^さらにトヨタ生産方式の言葉が連発され、ジレンマにも似た感覚が起こる。

さらに、第5走。”自転車産業が衰えた国、日本”
読みながら、うんうんと大きくうなずいてしまうのである。

で、この章の〆は”自転車にもあった「ガラパゴス化」”
もう、メディアが取り上げるかどうかだけでその存在を認識していると、とんでもないことが起きるゾと心配でならない。
ハンドバイクを走らせるとこができないこと自体が「ガラパゴス化」であることは明確で、すでに頭にチョンマゲが生えている気がしてしょうがないのである。

この夏のパラリンピックのハンドバイクは注目したい。
したいけど放送はないだろう。
情報も受動的にはないだろう。
そしてまた、ガラパゴス化か。

いろいろ話を聞くと、最近の学校などは変わってきたらしいが、もはや古い時代に障がいの世界に入ってきた者としては、普通の健常者とは川の向こう側的な存在であることがその起源であると言わざるを得ない。

ハンドバイクに乗って感謝しているのは、前述のガラパゴス化についてが身にしみてわかることである。

語弊を恐れずに表現すれば、車いすに乗って生活することで社会生活の根底が見えてくるのであれば、ハンドバイクに乗ることで自転車環境の根底が見えてくる、といえる。

なので、健常の方々に早く気がついて欲しい。
機会がある度に口にする言葉、ハンドバイクが走れる道は自転車が走りやすい道である、と。
健常の皆さん、3輪にはじまり3輪に終わるんですよ、と。

この書籍を読んだ感想としては、空洞化からくる問題点を通して、健常者から見た自転車と、障がい者から見たハンドバイクの問題点。これらを共有化して考えることができるのではないかと、多大に期待したい気持ちで一杯になった、ということである。





がんばれ、健常者。



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tetchin01 at 22:59│Comments(0)TrackBack(0)Hand Bike | 日記

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