スクータ物的釣果

2013年02月08日

免許皆伝

先日、時評社セミナー「みんなにやさしい自転車環境を目指して」に参加しました。

こちらは本来、自治体などで自転車政策に携わる方が受けられるセミナーではありますが、以前、(財)自転車普及協会の高齢者障がい者向け自転車の委員をさせていただいたご縁から、参加可能とのご返事をいただきました。このご縁をいただけたことにとても感謝しています。

さて、その内容についてはwebで残っていないため、詳細を記すことに少々抵抗がありますので省きますが、会場での録音撮影は禁止されていたものの、密談でもありませんからね。業務ではなく休暇を使って、いわばボランティア的な立場として参加したことにより、その感想を一部記したいと思いました。

顔ぶれとしましては、国・議員・標識業協会・地方自治研究機構・市・研究所・NPOと多岐に渡る顔ぶれでした。



ハンドバイク目線では、最初の国土交通省のお話から、

これからの道路の整備体系として、その道路における自動車の速度に則した形で自転車道又は自転車レーンを整備する。また用地の問題などから有期的緊急避難的に既存の自歩道を利用する場合も含めて、ネットワークづくりを進める。

とのことでした。
その場合、一番の危惧は自転車道。そして幅員(横幅)ですね。
もし、普通自転車を全面に押し出し整備をされた場合、アダプタ式であっても横幅の問題からつまはじきをされ、柵外の車道を今よりも身を縮ませ通行しなくてはならないかもしれません。ここは車道のバリアフリー・ユニバーサルデザインだとしてアピールし続けるしかありませんね。

その意味でも、例え速度の問題があっても「SHARE THE ROAD」として自転車レーンをできるだけ活用して欲しいのが希望です。



どうしても心にシコリが残ったお話が。
次にあった議員のお話。
「国として予算を立て、実行する」この言葉に自転車クラスタの一員として、とても勇気づけられました。
しかし、お話しの後半で「自転車の免許制度をやっているところがありますよね、あれは大変良い取り組みだと思います。」と推薦としか受け取れない程のお言葉。

これに正直、唸ってしまう感情がこみ上げました。
「免」じて「許」されないと自転車は乗れないのでしょうか?
確かに、違反者にコリゴリするのはわかります。ちなみに、このセミナーの帰り電車の通勤混雑を避けるため、いつもはハンドバイクでさっと通り抜ける青山通りをのらりくらりと車いすを転がして、やはりというか、吐き気がする程の逆走・無灯火・信号無視を見ました。

最近、この様な確信犯は何かの自己表現でもあるのではないかと考えています。何かに反抗しているのではないか。と。
しかし、それが良しとされる訳ありません。問題はそれに無関心であることでしょう。その証拠に、声を出して注意するのは私だけ。
これでは世間的に変な障がい者です。(^^;


私見を申せば、二つの考え方があると思います。

一つは肯定的に、特効薬としての免許制。ただし、施行期間を有期的(例えば10年)として、さらに国民全体に受けさせ、国民の資質を上げる取り組み。
自転車利用者としてだけではなく、道路をキーとして利用者となる、歩行者、運転者、住民、事業者、全ての人が参加することで意識を共有する。そのくらいの意気込みを盛り込めればと思いますが、いかんせん、反論が募ることは確かでしょう。やはり良いことをしようとする心にその反論は足かせですから。

もう一つは、教えることを義務化する。要は自転車先生を育成する考え方。
仮に、前段の既存の自転車教室の場合、その先生の多くは警察の方でしょう。しかし、日常でポタリングをしていても、その道ばたでその方達に追い抜いたり抜かれたり同行するような場面はほぼありません。なのに、先生なのでしょうか?ルールは勿論お持ちですが、本当の意味でのマナーも持っているのでしょうか?疑問が残ります。
確かに警らであることは重々承知しています。しかし、一般人は警らをしません。(笑)

それならば、普段使いをする事を教える人を作る必要があるのだと思います。
乗ることを免許するのではなく、教えることを免許にするのです。

いわば師匠です。
そして乗り手は弟子です。
師弟関係です。
技術文化の伝承です。

日本にはとてもいい言葉があります。
「免許皆伝」
ググってみると、

(goo辞書より引用)
免許皆伝 意味
武術や技術などの奥義を、師匠が弟子に残らず伝えること。▽「免」「許」はともに許すこと。「皆伝」は師から奥義をすべて伝えられること。

奥義なんて、なんとも魅力的な響きです。

花道、茶道、武道はニッポンの文化を表すのであれば、ここは一つ「自転車”道”」としてその道を伝導する必要があると感じました。

都合良く、私も会員であるNPO自転車活用推進研究会から「自転車名人」という地位を付与されている方々がいます。
他にも勿論、自転車クラスタとして自負されている方が多くいます。

ルールを知らせる努力を全力で行うより、教える義務というドミノのコマの背中をちょいと押してあげる。それなら無理が少ないのではないでしょうか。

話しは飛びますが、このセミナー最後のNPOとは金沢市の取り組みです。
私ははじめて通したお話を聞き、とても感銘を受けました。

先日、とある方との会話から「行政と利用者の間をつなぐ機関が必要だろう」と考えが及ぶことがありました。前に訪れたハワイなどもバイクプランとして、前述の大人の教育を含めその計画を読んだことがあります。

まさにその、つなぐ存在でした。
とはいえ、一朝一夕にできることではありません。大変な努力の成果だともいます。





このセミナーを通して、

利用者、行政(国、都道府県、市町村)、その間をつなぐ機関。

この様な三角関係により、主体的に客観的に推進力をもって進めることができるのではないか。
その考えが固まりました。

そしてハンドバイクとしては、そのような取り組みにより積極的に参加する。
意見を言わなくてはならない訳ではなく、ただそこに存在するだけで良いのです。
ギャップを感じるだけで、それを治す治癒力が生まれるはずです。



最後に市とは茅ヶ崎市のお話から、この動画を紹介いただきました。

いいですね!

tetchin01 at 08:47│Comments(0)TrackBack(0)日記 | 動画でどーだ

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
スクータ物的釣果