削除しきたり

2013年02月20日

指標車両

環境問題が叫ばれるなか、その環境を測る方法として指標生物という方法により調査する手法があることを読んだことがあります。

改めてウィキ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/指標生物
(引用)
指標生物(しひょうせいぶつ、indicator species、index species)とは、様々な環境条件を調べる際に、そこに生息する生物のうち、ある条件に敏感な生物を用いて調べる場合の、その生物を指していう言葉である。この方法の事を生物指標と言う。特に、河川の汚濁を調べる際の水生昆虫を中心とする淡水動物の例が有名である。




先日、ある新聞記者様と道路専門の大学の先生と、2月初めに起きた自転車転倒の事故現場への取材の同行をさせていただけると、ありがたことにお声がけをいただき、現場へと赴きました。


その際に感じた第一印象は、目一杯に整備された道路。のりしろを感じることができず、むしろ自転車はここを避けるべきなのではないかとさえ感じてしまいました。


その中を縦横無尽に駆け抜け、時に譲り合う場面を見て、はてここを3輪で走るためには?とハンドバイク目線で考えていました。

まぁ、車道を無理ながら走り抜けることはとりあえずできる状態ではありました。
ただ、現実には問題があります。歩道上を通過する自転車です。通過していること自体は仕方ないとしても、対向車、障害物により車道にはみ出してきた時、もし車道で通過しようとしている側と接触するような時には逃げ場がありません。
衝突により転倒でもすれば、先日の事故と同様なケースになり得ます。



元々2輪の自転車は速度があるからこそ倒れない(いや起き上がる力が掛かると言い換えられるでしょう)なので、倒れる場合はその速度がないか、ハンドル操作ミスによるものが大部分になるはずです。

また、3輪の自転車の場合は止まっている場合は倒れることはなく、走っている場合は横勾配、段差、急カーブの構造的要因により倒れ易くなります。

上記2点は何を示しているかと言えば、2輪車は快適に走行できるルートが確保されることにより、一定の速度を保つことができれば事故を防ぐことができます。

一方、3輪は平坦な横勾配構造を維持することにより事故を防ぐことができ、なおかつストップアンドゴーを繰り返すこともできるようになります。

では、上記事故現場はその要件を満たしていたのかと考えると、下記理由により満たされていないと考えられます。なお、個人的な解釈です。

歩道は、1.3mの幅員に切り下げによる波打ち構造であり、横勾配の安定は確保できていない。
車道は、路肩にぴったりと沿って走行する必要があり、自動車との間隔はほぼない状態。3輪ではその間隔はよりなくなる。

全体的には左右両側に歩道を設けることにより、より窮屈になったのではないかと感じられるが、その幅員からすると暗渠(あんきょ)なのではないかと感じました。



さて、ここからは妄想です。
もし、理想的な走行環境を得られる方法があるのかと考えたとき、この文の最上段に書いた指標生物の考え方を用いて、道路条件を調査する手法が考えられます。

まずは指標生物の車両版として「指標車両」とします。

次にその内容ですが、再び引用します。
(引用)
指標生物(しひょうせいぶつ、indicator species、index species)とは、様々な環境条件を調べる際に、そこに生息する生物のうち、ある条件に敏感な生物を用いて調べる場合の、その生物を指していう言葉である。この方法の事を生物指標と言う。特に、河川の汚濁を調べる際の水生昆虫を中心とする淡水動物の例が有名である。

これを指標車両に置き換えると、

指標車両とは、様々な走行条件を調べる際に、そこを走行する車両のうち、ある条件に敏感な車両を用いて調べる場合の、その車両を指していう言葉である。この方法の事を車両指標と言う。特に、道路の混乱を調べる際の自転車を中心とする車両の例が有効である。
(アレンジ分です)

さて、「ある条件に敏感な車両」とは何でしょうか?
私はまさに、3輪のハンドバイク及びカーゴバイクがその役割を持っているものと考えます。
そのように考えると、もう普通自転車である必要もないのではないかと考えられます。

そして、実際に何をすれば良いのか?ズバリ乗り回すことです。トリップ調査のように台数が指標ではなく、利便性を指標とします。

本来は自然状態にどれだけ存在するかがその評価であるところですが、あえて人為的に調査として走行することを目的とします。

そして、致し方なく支障のあること。又は支障がないこと。この評価をします。
さらにそれは全国規模で何回も行われる事を理念とし、調査者の第一は車いすユーザーになります。

この調査を繰り返すことにより、車いすユーザーも就労のチャンスにも恵まれることになります。といっても、生活費のための賃金というより、協力したことへの報酬という役割が似合うでしょう。

さらに必然的にレース選手のトレーニングにもなり得ます。ただし、レース用の機体は使用できませんから、アダプタなどでの基礎体力の増強としてですね。そして、場合によっては電動アシストすら必要として仕組みへ取り入れた方がより良くなります。

すると、国外の機体ばかりでは費用がかさむので、国内メーカーが始まり、活気となり、切磋琢磨がなされることになります。

街中で見かける機会も増え、ルールを遵守する事により、自転車としてのお手本的な存在としてもなり得ます。



バリアフリー法により、エレベータができ、スロープができ、車いすの移動に支障がなくなりました。
そして、健常者側でもタイヤ文化が何かと有益ににさせているという事実は感じているのだろうと思います。

自転車でも同じことを実現できるのだろうと感じます。

たぶんに、その昔モータリーゼーションが叫ばれていた時代は自転車、普通自転車であるところのママチャリが車両の中で最下位であり、言わば指標車両だったではないか。そのような事を思いました。

ならば、それを現代版に書き換える。その時が来たのだろうと考えます。



なお、これは削除文の次の文であることを付け加えます。




tetchin01 at 05:00│Comments(0)TrackBack(0)日記 

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