治具研修

2013年03月11日

無力の可能性

2年目であることは至る所で語られる事実。

あの日、震災対応どころか自分が避難民の一人となると感じて、すぐさま自宅を目指した。
なんだ、エレベーターが動かないだけ、信号がつかにだけだったのに、あの無力感はどうにもできなかった。

今でもその答えは見つからない。

反面、ガソリンが手に入らないだろうこともハンドバイクがあることで安心できた。

この無能力さと可能性を確かめたかった。
今となっては自己満足と呼ばれても仕方がないくらいに。

そして、縁もゆかりも無い者だけれど、今思えば自分勝手だったろう人間関係から、チュンさんの存在を知った。

ただただ、あの場所に車いすで、ハンドバイクで立ちたかった。
どこにどう行けば良いのかすらわからなかった、そのわがままな願望を受け入れてもらえたのが嬉しかった。

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(チュンさんのブログ、その子供サイクルぅ、から借用しました。
 関連記事>http://chunkawara.exblog.jp/13855784/

そして、打ちのめされた。

もしも、だなんて考えても針がレッドゾーンを振り切っている、としか言いようがなかった。

できることをする。それしかわからない。

その後も、彼には映画でも会えた。
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また最近、文章という形で会った。
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こちらは、にわかな平常である。
今は違う。ならば、今だからこそできることをする。

滞在中、車中泊してる窓から、浸水対策のためのかさ上げで乗用車しか走るしか幅がない道路に通う、学生の自転車の姿を見た時、「3輪が走れるようになりました。」と土産話ができたらすばらしいだろうなと思った。

でも、自分の生涯と同じだけの時間でできてしまったこの環境を、自分が走ることができる時間で取り戻すことは難しいだろう、とも思った。



震災から2年、チュンさんと会ってから1年と4月。
ここ最近、もしかしたら?と、真面目に感じている。

ここにいても自慢話をする手段はなんでもある。
でも、土産話しは会わなければ伝えられない。
それまでもう少し。

tetchin01 at 20:43│Comments(0)TrackBack(0) 日記 | 車いす補助車等(仮称)

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