オフロード自活研in大阪

2013年09月08日

五輪

ついにオリンピックが決まりましたね。

正直、今来てもらっても困るという感情ではいましたが、それはそれ、決まったからには応援しなくてはなりません。

ただ、応援したくても現地入りできるかはわかりませんし、多くの人に見てもらうのには放映は外せんません。
先日の自活研でのツールドフランスの話しでもあったように、放映権そのものビジネスなのだと思います。

ですが、前回ロンドンでのハンドバイク競技について、疑問が多すぎです。

なぜ、あれだけ映像が無いのか?
なぜ、サーキットでのクローズドコースだけだったのか?

その仮説として。

放映しても視聴者が少ないだろう。
人気度も含め、カテゴリーなどがあまり一般的ではない。
いわゆる、できレースだった。

動画を探しても、中継もされていないので公式のチャンネルにも無いし、さすが動画はなかなか無いのです。

静止画ではありますが、どうやらカメラマンが編集したスライドショーのようです。


オリンピックとは関係ないですが、同じ方のものを。

この世界観についていけるのか?

さぁ、これからどのように強化していくのか、その先にあるものを見たいものです。



はたしてロンドンと同じような自転車革命は起るのでしょうか?
とはいえ、あの「バイシクルスーパーハイウエイ」にはリカンベントの姿を見ることはあるものの、ハンドバイクの姿を見ることは今のところありません。いや、見ているチャンネルが偏っているだけなのかもしれないですが。

とはいえ、もしかしたらそこを評価基準に定めても良いのでしょう。

ま、ここでは繰り返しでしかないところですが、「ハンドバイクが通る街」。
ハンドバイクは3輪と置き換えてもいい。

自転車専用道路でも、自転車レーンでもない。あえて「3輪」。

話しは変わりますが、先日、自活研の内輪掲示板へ次の論文のリンクを参考として貼りました。

国土交通省国土技術政策総合研究所
幅員主義から車線主義へ
~昭和 45 年構造令の全面改定~
http://www.nilim.go.jp/lab/gbg/pdf/h22-24.pdf

そこでのコメントを引用させていただくと、
「私たちの理論的根拠になっているものです。」
とのこと。

そのとおりで、一読だけで胸のつかえが一本取れたような気がしました。
あくまで一本ですが。

この「車線主義」という考えの基、ハンドバイクの存在は打ち消され、その延長に先のロンドンパラリンピックの放映が無いことにつながるのではないかと懸念するところです。

交通戦争と呼ばれたモータリゼーションから半世紀。
車輪は歩くことの代替だと、ここで声を大にして訴えたいです。

昭和45年改正、私の生まれる少し前のこと。
今を生きる40歳未満の人はその歳にあてはままります。

長い間、これで仕方がないと思っていました。
ハンドバイクに出会ってからもその考えに支配され、日本を出て本物のバイクレーンを見るまでその想いは払拭されませんでした。井の中の蛙、そんな言葉が不意に出ます。

早くそのチョンマゲを切った方がいいと思いますよ、と。

後7年、バリアフリーからユニバーサルへ、
考え方を利己的なものから共感的なものへ、
固有から多様へと、どう変化させることができるか。

偉い人のいう”経済”はそのための道具だろうと思う。
自転車も乗ることは目的だけではなく、その先にある、生活を豊かにするための道具だろう。

道具を使い、工夫することこそ人間的だとすれば、楽をすることだけが文明なのか。
健常者に混じることでそのことを感じ、感じさせることができるのだろう。

そういえば、まだ東京大会では、共通開催とかの言葉は無いねぇ。

tetchin01 at 21:49│Comments(0)TrackBack(0)

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