訃報ミシン式?

2013年09月30日

感傷

友人の他界から己の生を知る。
脊損になった時から、後の自分はおまけの人生だと思い続けていた。
いつも社会の向こう側にいるのだと感じていた。

しかし、ハンドバイクに乗り、自分の感じる不安と不満が社会とリンクした時、いつしか等身大のリアルな自分がいた。

私もこの目線になって来年の11月で25年。健常者でいたことはとうの昔になった。
年齢のせいか、自己満足のためか、次世代につなげられることは何かと考え、そこにはハンドバイクがあった。

足の代わりに車いすがあり、自転車の代わりにハンドバイクがある。

輪廻転生。次の世代というより次の世界で、健常者障がい者、どちら側の目線で見ることになってもごく普通に生活のなかにある、そんなことを思いながら。

だからやっぱりハンドサイクルより、ハンドバイク。
バイクの先にある道はみな同じ。

tetchin01 at 22:30│Comments(0)TrackBack(0)

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