脱兎なぜ歩道通行を非とするか

2013年11月12日

つーか、都内の車道走れるんですか?

今度行うポタリングに質問が来た。

>つーか、都内の車道走れるんですか?
>危険じゃないんですかー?

結果から言えば、危険なことはないですよ。例えば電動ハイブリッド買ってからもう1,000km位走りましたけど、転倒無しですし。
一方、具体的な回数は測っていないものの、歩道でヤンチャな走り方をしていた時は幾度も転倒しましたけどね。さらに、行く手を階段が迫っていたり、ブレーキ故障の下り坂で壁から自分に向かっている杭に串刺しにされそうなこともあったりして、死ぬかと思いましたよ。

都内の再開発された道は(根拠を調べていませんが)路上駐車を見越して左側の第一車線は広いところが多いのです。
都内・郊外、車道・歩道、危険・安全。
それらをひっくるめて都内は車道でポタをするのが快適です。
先日行った大阪はそれがなかったので、バスが抜いていくことができず、結果にらまれました。



「何が危険か」

少々、難しいと思われてしまうかもしれないですが、この様な論文があるので是非一読いただきたい。

土木学会 論説委員会
第74回論説(1) 【シリーズ】「50年後の国土への戦略」将来を見通した自転車政策を-50年前の失敗を省みた50年後への戦略-
掲載ページ
http://committees.jsce.or.jp/editorial/no74-1
本文PDF
http://committees.jsce.or.jp/editorial/system/files/no74_motoda.pdf

(本文から引用)
第一に歩行者の権利と安全を奪うことである。歩道は 歩行者保護のための施設であるが自転車を入れることで、 歩行者は自由に歩けず常に自転車と衝突の危険性にさら されている。筆者の観測では歩道上で時速 30 kmを越える 自転車も珍しくない。身体障害者用の駐車スペースを健 常者が占領するのと同じで利用者にどれほどメリットが あってもしてはならない禁じ手である。
(引用終わり)

終わりの一行について、どれだけ社会的認識があるのだろうか。
そして、その事を一番実感しているのも、ハンドバイクライダーだ。
ならば、同じように歩道についても考えなくてはならない、ということだ。

50年後と本文は締められているが、最近は新たなゴールが示された。
そう「7年後」である。それまでに何ができるか?

まじめな話で、ハンドバイクライダーが抱く不満を全て並べることが、自転車の問題を解決する近道である。この持論はなにをもっても譲れない。



さて、最近掲載されたニュース記事を見てみると、

産経ニュース「自転車レーンが首都圏で拡大」
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131110/trd13111014030009-n1.htm
(レーンではなく自転車道ではないだろうか?どうもこの記事は全てごっちゃ混ぜに感じる:-))

ここをハンドバイクで行くとしたら・・・、できることならここを通りたくないなぁ。
入れたとしてもこれだけのアンダーパスだ、できれば助走を付けて一気に上がりたい。と、その助走こそがここで事故が起きた諸元だろう。

助走ができないのであれば何が起るか?
ハンドバイクライダーならお分かりの通り、失速してハンドリムを回していることだろう。
となれば、後続車が抜くこともできず渋滞。じゃあ、歩道を行けばとすれば、それは本末転倒。

記事かの引用
>「安心して走れる」
>「この道ができる前は自動車の近くを通るのが怖かったけど、安心して走れるようになった」

安全より安心が先行した場合、そこには「不満」という大きな代償が沸き起こるだろう。
そしてその不満はどこに向かうか?ある者は歩道に突っ込み、ある者は車道に突っ込む。

安心は目的ではなく、結果だろう。
十分に安全であることの結果として安心が生まれる訳であり、十分に安心であることの結果が安全であるのだろうか?

安全である為には「教育がされ経験を積む」ことでなされるものであるだろう。
一方、安心であるということは危険を回避することだけに執着することであり、平たく言えば「転ばぬ先の杖」が必要となる。

「教育や経験」をないがしろにして、「転ばぬ先の杖」ばかりになった道路に快適さが残るのだろうか。

ポタリングは「教育や経験」を積むのに一番手軽な方法なのではないか。そう考えている。
薄くひいた風邪のせいかとりとめもなく、失礼。

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この記事へのコメント

1. Posted by ドラゴン   2013年11月13日 07:50
僕の内容の凝縮された質問に、いつもベストな回答ありがとうございます。

そうです。
何が危険か?です。

ルール上ハンドバイクが車道走らなければならないことはわかっています。
でも認知度が問題であり、車の人は車道にハンドバイク(後からみたら車椅子)が走っているなんて思ってもいないでしょう。

危険とは、「自分に」「相手に」と思ったりもするわけで。なので僕は基本、十分なスペースがあって、車に迷惑が掛からなければ車道。
歩道が広く、歩く人がいなければ歩道。ってな感じですかね(人がいたり狭い歩道はゆっくり走行です)。

都内は車道走れるの?
歩道は人が多くて走行は無理ですよね?

そんなこともあり、都内走行危険じゃないんですかー?と質問させて頂いたわけです。

でも試走行った。とあったので問題はなし。と判断しました。
以上で〜す。
u馬さんは電車で行くそうです。

僕は昨日も仕事中にグルグルマップ見まくりで、お!有明の森に駐車で合流か?とイメージトレーニングしてみました。
2. Posted by 徹人tetsuzin   2013年11月13日 19:23
こんな屁理屈を受け止めていただき、ありがとうございます。(^^)

認知度なんて後からついてくるものだと思いますよ。
つーか、自分で上げちゃえってヤツです。

旗を立てる、テールランプを付ける、蛍光ベストを着る。
方法はいくつでもあると思います。要は自己防衛です。

もしそれが、恐怖や窮屈さから迷惑になっていると思うのなら、それが正解で、嫌でもどうせ目立つのですから、いっそもっと目立つようにすれば良いだけだと思いますよ。(^^)でーはーでいいじゃない。でも、譲ってもらえた時のあいさつは忘れないように。

>危険とは、「自分に」「相手に」と思ったりもするわけで。なので僕は基本、十分なスペースがあって、車に迷惑が掛からなければ車道。
>歩道が広く、歩く人がいなければ歩道。ってな感じですかね(人がいたり狭い歩道はゆっくり走行です)。

きつく言えば、これが論文中の「禁じ手」であり「勝手な解釈」そのものだということですね。2輪の方達はそこから脱皮させようとしているのが現在です。ただ、そこには地域性というバリアがある為にうまくいかにことも確かです。

たとえば、渡良瀬など行く時の市街地はかなりキツイです。でも、自動車に邪魔をすることがバリアフリーの始まりだと思えばやりがいもあります。おまけの存在ではなく、先導しちゃえば良いんじゃないかな。ハンドバイクにはそんな役割があると勝手に思ってます。

ニュージーランドでは2連結のタンクローリーが100km/hで横を過ぎるような所でもバイクレーンで別に問題ないのも体験してきたし。言葉が気に入らないけど、障がい者が街中を走っているのが当たり前、となれば日本自体が何か変わるかもしれませんね。

試走はですね、先の記事の画像にあるコースを大会前に5回以上回っていますから。(^^)
できればバックミラーを付けましょう。
3. Posted by 徹人tetsuzin   2013年11月14日 05:04
でもあれっすね、ひょっとしたら以前私が12インチにはまっていたのと考え方が同じなのかもしれないデスね。
こっちの場合は、明らかに歩道専用として組みましたが、結局そんなのは焼け石に水で、いつの間にか車道で走ってましたがね(^ω^)
4. Posted by ドラゴン   2013年11月14日 07:53
そうです「禁じ手」です。
でも車の流れを妨げないことを考えると、これも「あり」なのかと、「勝手な解釈」をしています。
なので、歩道をハンドバイクで走るときは、「歩行を妨げない」「飛ばさない」「抜かすときの超え掛け」「ゆずられたときの挨拶」は心がけています。

まあ僕も、歩道ゆっくりがいやで車道走ってますが(なのでドラゴンじゃものたりなくて・・・)。

昨日ローラーを軽く回してみたのですがとても30キロ走行には耐えられないです。
申し訳ないですが、今回は不参加とさせて頂きます予定。

日曜はめっちゃ楽しんできてください。
5. Posted by 徹人tetsuzin   2013年11月14日 19:42
ドラゴンさん>
ポタお休みとのこと、了解です。
クセにならないよう、十分養生してください。
禁じ手ウンヌンについてご理解されていらっしゃること、さすがです。気持ちとしてもう一歩前に歩みたいですね。

もはや昔のこととなりますが、とある市町村のQ&Aで市民への回答に「3輪自転車の補助はない、危険な3輪自転車より自家用車を活用して欲しい」旨のコメントがあったのが今でも頭に引っかかっています。
さらにハンドル型電動車いす(シニアカー)が3輪モデルから4輪モデルにシフトしたこと。
その状況が何も改善されないまま、道交法の改正として「高齢者、障がい者、幼児は自転車で歩道を通行できる」ように明文化したこと。(事実上の走行だろう)

この矛盾に憤りを感じる訳です。

ならばハンドバイクが3輪自転車の代表として、どんどん「使える道」と「使えない道」を品評していく。それが社会にも役に立つことなのだと思っています。

そこで、2輪車の昨今の問題です。
なぜ、歩道通行を非とするか。交差点での衝突事故の危険性を低くすることが目的です。
巻き込みではありません、衝突です。ということは、「出たり入ったり」がその起源にもなりますし、3輪にとってスロープの存在が落とし穴になりますね。3輪が通るように設計されたものであれば推奨されましょうが、先のシニアカーが4輪化されたことが使えない道であることの表れだろうと実感しています。

今のところ日曜日はびみょうーな天気です。困ったなー。
6. Posted by ドラゴン   2013年11月15日 07:54
歩道通行を非とするか。交差点での衝突事故の危険性を低くすることが目的。
↑これは知りませんでした。
単に、歩行者に危ないから。と思っていました。

確かに歩道の段差(スロープ)は危険ですね。僕はドラゴンで3回転倒してます。最近はやっと学習したので、段差に対して垂直に進入するように気をつけていますが。
また歩道走行で一番危険なのは、店、駐車場から出てくる車です。
歩道手前で一時停止する車が少なく、何度も轢かれそうになっています。それもあり、車道走行が良いと思われます。

日曜晴れると良いですね。
次回のポタは?
7. Posted by 徹人tetsuzin   2013年11月16日 09:53
さすが、良いトコロに気が付かれましたね。
またそのトコロを記事にしてみましょう。

また、歩道に関しては、マウントアップ、セミマウントアップなど段差の作り方が何種類かあって、でも、不思議と車道に向かって段差を解消している(スロープが下っている)のも逆転の視点から見てみることもできます。横断歩道を歩道を渡る橋のように盛り上げてしまう方法もありますね。ハンプってヤツですけど。

私たちの主張は”役に立つ文句”ですから、気を使うことはないようです。(^^)
ドラゴンさんのご意見は気が付かされることが多いので参考になります。

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