おわびキャタピラ萌え

2013年12月06日

安全性(再掲)

(先日の編集の操作ミスで書き直しです)

東京都民ではないのですが、たぶん走った全長は一番長いのだろう(当人比)と思いますので、あえて取り上げてみようと思う。
(ちなみに生まれてハタチまでは東京都下民ではありましたが。)


ーー「東京都自転車安全利用推進計画(案)」への御意見を募集します!ーー
(リンクを掲載するにはルールがあるようなので未掲載、気になる方は検索してください)
として今月13日までパブコメを募集している。

ーーーーー
東京都自転車安全利用推進計画(案)
<中略>
第5 実施事項
<中略>
5 安全性の高い自転車の普及
<中略>
(2) 安全性の高い自転車の普及
ア 安定性の高い自転車の開発・普及 (ア) 安定性の高い自転車の開発
自転車製造業者は、幼児二人同乗用自転車、高齢者向けの三輪自転車等の自転車利用者の利用形態、特性等に配慮したより安定性が高く、転倒しにくい自転車を開発します。
(イ) 安定性の高い自転車の普及 自転車小売業者は、自転車利用者の特性、自転車の利用形態等に配慮し、適切な自転車を紹介するなど、自転車利用者がより安全に自転車を利用できるようにします。
<p15>
ーーーーー
(以上抜粋。なお、<>については筆者脚注)

「高齢者向け」との記述があるものの、そこも含めて「三輪自転車等の自転車利用者の利用形態、特性等に配慮したより安定性が高く、転倒しにくい自転車を開発します。」について疑問が頭をよぎる。

転倒しにくい、とは果たして製造業者だけで解決できる問題だろうか、ということ。



>歩行補助車があるじゃないか<

比較として、自転車と対照的存在としての「歩行補助車」シニアカー(ハンドル型電動車いす)を考えてみるとわかりやすいと思う。

  なぜ、時速6kmの乗り物が歩道上で事故を起こしたのか。
  なぜ、4輪へとシフトしていったのか。

3輪を安定の良いものにするには車幅を広げることだろうが、「普通自転車」は横幅60cmである。
そして、仮に4輪であって電動(アシスト)を使う。もはやこれは電動車いすとほぼ同じであろう。
となれば、到達点はもはや自転車ではなくなるのではないか、そのように思えてしまうのである。

その3輪4輪シニアカーについて、少し古いものの経済産業省のこの安全性調査報告書が面白い。

電動車いすの安全対策について
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g80626a03j.pdf


3輪と4輪の間には、自転車か自動車か、という比較と同様に対称的な関係があるものと考える。

歩行補助車の時速6kmの制限速度と、電動アシストの補助上限時速25km。そして徐行としての時速7km。

すると、止まって安定する3輪よりも、走って安定する2輪が歩道を占拠する現実の要因が見えてくる。
ママチャリを代表とする普通自転車としての2輪車が歩道をカッポしていることを考え例えるならば、歩道上は悪路と同じである、ということができるのではないか。

「歩くことの代わり」の本質はどこにあるのだろうか。



>遊園地的指向<


最近思うこと。

安全は相手に向かって思う気持ち。
  安心は自分に向かってもう気持ち。

安全と安心の使い方のバランスとしてこう考えると、自己満足としてスッキリする。


車道通行のやり取りの中でよく目にする「恐怖心」。
その対義語としての「安心」を先に考えた場合、安全であることよりも安心を感じられる場所とはどこかと考えると、そこは「遊園地」であるだろう。

機械は「絶対に安全」でなくてはならず、運行も「絶対に安全」であり、安心を保証されていなくてはならない。
そのためには、「特別な場所」で「特別な機械」で「特別な時間」を過ごすこととなる。

改めて考える、日常の交通とは「特別」になればそれは幸せだろうが、反面、多様性としての「快適さ」が損なわれる結果となり得る。その象徴が”ガードレール”だろうと考える。

あくまで、安全と安心、その優先順位のバランスが重要だろう。




>歩道の主役<

するとどうだろう、いっそいわゆる「歩行補助車」を自転車の機構を利用し確立し、歩行者の空間を充実させることで高齢化にも耐える交通ができないだろうか。

あえて、歩行の代わりを「歩道の主役」と据えてしまうのである。

しかし待て、歩行の代わりとは「車いす」そのものではないか。

ならば、歩道で使う自転車とは「車いすの代わり」ではないのか。
ならば、本来、歩道上の自転車マークは車いすマークであっても良いのではないか。
ならば、そこは歩行補助車が走る場所なのではないか。
(もっとも、法規の順序を無視した考え方ではあるが。)

ならば、歩行補助車の事故の問題は機体そのものよりも、道路の構造と推奨されるルートの設定で防ぐことができるのではないか。点字ブロックと共有することもできるのかもしれない。

人に優しい道とは、歩行補助車が問題なく通れる道。

歩道が車いすマークでつながる社会。うるさい程のその景色がオリンピックまでに完成したら、それも一つのブランドになり得る。

交通弱者が社会を支える。
このような考え方が成り立っても良いのではないか。

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