試走会横断帯

2014年03月16日

ナビマーク

今日はデジャブを見ましたよ。

先日、見かけただけで通り過ぎてしまったナビマークのある道の写真を撮ろうと、試走の前に立ち寄りました。(なので、自走距離は20km増し。w)

先ずは東京都町田市。
P3163969
停止線手前。

P3163973
と測道の入り口。


ふむふむ。
全長はほんの200メートルほどで、外側線はなし。
マークの位置は距離による規則性ではなく、画像のように停止線および測道の出入り口に描かれている。

私見で申せば、車道側から自転車で見る分には発見し易いものの、歩道側からはそこが走行環境であるという印象は薄い。
合わせて、自動車側からも見えたり見えなかったりと、いつも通る人には理解があるかもせないが、たまたま通った人にその効果は薄いと思われる。

そう、空間・時間・距離、それぞれに連続性が無い。
もれは、自転車が通るであるところを整備する手法というよりは、真逆に、こんなところにも自転車が通るのかといった郊外向けの整備だと考える。

市道であること、予算、幅員。それらが最小である方法を取ったのではないか、そんなことを感じてしまった。
自転車のためというにはいささか寂しすぎるし、これでは胸を張れない感じがする。

前述の通り、今日は自宅から皇居まで全て自走したわけで、するとどうだろう、帰りに通りかかった渋谷で、同じペイントの道路を通った。
P3164001

P3163999



行く先の信号の場所では結局のところ自動車にその道をふさがれ、結局これが走行空間というのかとは、はなはだ疑問。

口語調に表現すれば、ブルーラインは「自転車がいるぜ、気をつけな」。
それに対しナビマークのみは「自転車がいるかもしれないぜ、気をつけな」。

そのくらいの差に感じ、自転車に乗っている方からすれば安心感は雲泥の差。
ドライバーでもある自分からすれば、それは自動車側からも同じはずだ。

「安全」の土台の上に「安心」が乗っているとは自分の決まり台詞。
不安が先に出ると思うのであれば、それは安全ではないのかもしれない。

具体的には、ナビマークのみというのは、レーンも描けず、外側線も描けない、その空白を埋める方法、というのが良いのではないかと考える。

自転車が当たり前に車道左側にいる。
その当たり前があって初めてマークが生きてくるのではないか、そのようなことを思った。

tetchin01 at 21:34│Comments(0)TrackBack(0) 日記 

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