ドロイド急げ

2015年03月15日

忘れてはいけないこと

今年も3・11が過ぎました。

その後に訪問した石巻の風景に圧倒されて、自転車を使えることが、ハンドバイクが使える事がきっと役に立つと思うようになり、それでもいくつかの段階をやっと乗り越えてきたと思える様になりました。
あの時の思いは忘れてはいけないと改めて感じています。
IMGP0565
(石巻市内にて、地盤沈下によりかさ上げされた車道。歩道のはずのガードレールが埋もれている)


話しは変わりますが、先日読んだ文庫本に触発されてまた交通心理学の本をあさって読みました。
アマゾンで見てみると、そう思っていた程この交通心理学の書籍は多くないことを知りました。
そのなかで選んだのはこれで、

『事故と心理 なぜ事故に好かれてしまうのか』吉田信彌

2006年8月に初版が出ているので古いかな?と思いつつも、温故知新、なにか発見があるのではとむさぼった訳です。

目次を見ると、「自転車の歩道通行」という項があり、その項まで読み進めると一つの事故があったことが書かれていました。

1978年に起きた自転車がダンプ巻き込まれ母娘三人が亡くなった事故があったと。
その後、自転車歩行者道路(以下、自歩道)の施策が加速したと。

なぜ自歩道なのか、それに納得がいかなかったのです。
今は自活研を筆頭にして自転車レーン、最近は自転車ナビラインと自転車専用の規制すら設けない方法も現れています。

思い起こしてみると、某疋田氏の話しでも自活研ででも自歩道へと転換したことが悪業の始まりとは聞くが、そのきっかけなどを気にしたことはなかったのではないかと。

そこで調べてみました、と言ってもググってみただけの話しですけどね。

すると「国会会議録検索システム」というサイトがあり、
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_logout.cgi?SESSION=27693
「第085回国会 交通安全対策特別委員会 第2号 昭和五十三年十月十八日(水曜日)」という議事録にあたりました。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/085/0680/08510180680002c.html
とはいえ、「昭和53年」という検索語を入れたせいで偏った結果になった可能性もありますけれど。

ただ、全体を通してみると、どうやら大型車=トラックやダンプカーが問題視されている項目が多く、それに自転車が巻き込まれているというのが、それぞれの質問に見ることができると感じました。

【大型車の左折の際の死角問題】

これが唯一の原因であるなか、その解決方法が自歩道であったのが昭和53年。
そして今、出会い頭事故の割合が多いとして車道に自転車を降ろし始めた平成26年。

この30年近くの間で大型車の左折の際の死角問題が少しは解決したのかなとググってみると、

「平成25年12月18日 関東運輸局 大型トラックが自転車等を巻き込む左折死亡事故が多発しています!」
http://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/kyokuhou/h25/251226/siryou.pdf

という残念なお知らせがありました。
折しも、東京オリンピック・パラリンピックという特需が見込まれるこれからがとても心配です。

大型車の左折の際の死角問題

自歩道

交差点の出会い頭事故

自転車の車道通行

→(以下無限ループ)→→→↑

こんな無限ループを繰り返してはいけないのです。
そのためには忘れてはいけないはずです。

自歩道の始まりが「大型車の左折の際の死角問題」であったことを。
歩道にいようが車道にいようが、いかなる場面でもその死角は存在する訳であり、いかにしてその死角から身を守るか。

自転車も先ずは身を守ること。
そして、そのためにルールもマナーもあるということ。

結局、時間は何も解決していません。
カーナビにスマホに心理的には昭和の時代よりも死角は増えたかもしれません。

「大型車の左折の際の死角問題」
それこそが問題の根源であると知ることができたと思います。




正直なところ、他の章ではかなり無理やりな理屈で書かれているところもあり、1冊を通してみれば買わなければ良かったとすら思える段落もありますが、それは後で。

tetchin01 at 18:41│Comments(0)TrackBack(0)日記 

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