2016年09月07日

合理的配慮

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(出典元:BIKE TOKYO 大会概要


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(出典元:SPORTS ENTRY 東京夢舞いポタリング)

この対局は興味深い。
スタート、ゴールが同じ。
かたやハンドバイク(サイクル)が不可、かたやハンドバイク可。

主催者側の最大の目的は無事にイベントを終了させること。

すなわち、安全。



目の前の危険を避けるための排除も、一つの配慮。
将来の安全のための混在も、一つの配慮。

さて、障害学での「障害とは何か」という項目学ぶと、障害とは当人の身体機能や状態を発端に存在する障害(歩けない、見えない、聞こえないなど本人の範囲:インペアメント)と、社会全体を発端に存在する障害(段差などの物理的、コミュニケーションなどの対人関係、社会保障などの制度、など本人以外の範囲:ディスアビリティ)の二つがある、という事だったと記憶している。

まさに、最初の二つのイベントに関しては上記の障害二つを解決するために自然の摂理として起きた社会現象なのだと感じた。

物理として、道路はどう解決していくのか?
コミュニケーションとして、参加者全体はどう考えるのか?
制度として、イベントの規定は、交通や道路や車両の法律はどう解決していくのか?

そして、当事者はどう解決していくのか?

奇しくも、明日はパラの開催初日。
残りの時間で何ができるのか?
いや、お節介。

tetchin01 at 21:21│Comments(0)TrackBack(0) 日記 | ハンドバイクのある風景

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