動画でどーだ

2016年05月05日

ラインを超えて

イイネ

なんでこうかっこ良くみえる(聞こえる)のだろう。

言語の理解不足のせいか。
何かが脳内変換されているのか。

tetchin01 at 22:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

弦駆動



その名も lightweight string drive.
どうせなら回転クランク型にしてくれたら、もう少し運動性能が上に見えると思う。

車いすとの組みつけはSWISS TRACKと同じようだ。

一つの道具として楽しそう。

とりあえず、2輪版はこんな。


また、エンドの形状が特殊なこととBB周りの構造も特殊な加工も必要そう。
その半面、ストリングの色を選んだり、予備を用意したり、また別な楽しみも広がる。

要は物欲。

tetchin01 at 22:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年12月17日

歩道を作るという考え方

いいかもしれない。

歩道というかバスの停留所ですね。
ま、忘備録として。



tetchin01 at 00:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年11月18日

フル電動


この技術は自転車よりも車いすの方が相性がいいと思う。

tetchin01 at 22:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

1日旅行



この動画はとても良いと思う。

ソウルを知れ、若い彼らが長い時間をかけてその生活を知ること。
万が一それに「やらせ」が含まれるのだとしても。

唯一、気になるのは車いすがあまりに廉価なものであることだろう。
その目線が素人と玄人の境目かな。っふ(遠い目)

もう二桁くらいの年月見たことも無いので、想像であえて書けば、24時間マラソンをしている番組よりも、同じタレントが1日都心を車いすだけで観光して見所を紹介する。

そのほうがどれだけ意味があるか。
いや、たぶん愕然とするだろう。まずは健常者との頭にある地図との違いに。

車いすで、杖で、目隠しで、無音で。
ヤラセをしようとしても誤摩化せない、本当の世界を見せる映像を作ってみれば良いのにと思った。

tetchin01 at 21:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

電動車いすレース



どういう機械を作れるかではなく、その機械で何ができるかが重要なのだろう。

日本の時速6kmの決まりの中で、この表現をすることは可能だろうか?

ロケットを飛ばすよりも難しいかもしれない。なんて

tetchin01 at 21:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

風洞


このマシンに乗ることができるライダーは限られてしまうところ。

でも面白いチャレンジだと思う。
残念ながら本番は代役とのことだけど、初めてこのバイクに乗った人でさえ時速50kmを出せるというのだからすごい。

というかそれだけ風の抵抗が大きいとも言える、ということか。

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なんか、ゴマフアザラシみたいでカワイイ。(^^)

tetchin01 at 20:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年11月02日

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しかし誰か字幕作ってください。(^^;)

tetchin01 at 06:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年11月01日

対極

以前から興味はあっても見に行くことがなかったBicycle Film Festival。
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そしてこの日はハロウィン、ついでにハンドバイクで走ったら面白いだろうと企んでいたら朝から急に発熱。
昼間で寝込んで落ち着いたところでどうするか悩んだ挙げ句、とりあえず映像だけは見に行こうと出掛けた。

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ハンドバイクで自活研な自分とは全く違う価値観がそこにはあるのだろうけど、異文化を知ることも勉強の一つ。
カッコイイも将来必要な要素なのかもしれない。

舞台挨拶では内田裕也が登場。相変わらず、ろっくんろーる。
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もっとアバンギャルドなものが見えるのかと思ったけど、なんともシュール。以上。

BFFのトレーラー映像。

Fixed Bikeに偏重するのがこのイベントの趣旨だったのかな?
いち参加社として、やっているイベントとのイメージの釣り合いが取れない。(><)

予想はしていたけど、メッセンジャーレースの映像。
この動画の素材も使われていた。

危険=スリルを表現するものなのだろうけど、何も知らない若年層ならいざ知らず、受け手としてこれが表現として受けれる度量は自分にはなかった。
そのクレイジーさに歓喜の雄叫びを上げる人もいたけど。
一つの表現としての認識。

そして目玉の映像はそのFixedbikeをかついでチェルノブイリ近隣に潜入するもの。

深夜の密林、廃屋、放射能、軍事電波塔、原子炉。

その廃村でBikeを転がす。

Bikeという共通項から見る負の遺産。
それをわざわざこの日本で見せることにその意味があったのかもしれない。

先のレースとこのチェルノブイリ、危険とスリルを見せるこの2つの映像表現も、その欲求と果たす意味には大きく違う対局した意味が感じられた。

危険 = スリル
冒険 = 欲求

こんな言葉がふと頭をよぎった。
この2つの比はこのイベントで一番の印象となった。




「裏返しとしてのFixed Bike」

そして、自分の考え方をまた一つ更新するヒントをもらえた。

先日の自転車サミットでのニューク市当局者の話し、ここ最近の自転車レーン否定論。
統計には出てこない重要な表現が今回の映像からから見えたと思えた。

確かにこれは理想論だろう。


しかし、その裏で先のメッセンジャーも共存していることも現実であり、日の当たる世界では取り上げられることはなく、負の数字としてだけで信号無視や逆走そして事故が数えられた果てに作られたインフラなのだとしたら、プロテクトしているのは自転車ではなく自動車の方なのかもしれない。

いや、そこは合理的に、自転車も自動車も両方ともプロテクトしているのだとプレゼンされるのだろう。



そんなこんなで画像検索しているうちにもう一つ気になるモノが見えた。



「Sharrow」

これはShare(分け前、取り分)と、Arrow(矢)の造語ダッタと記憶していたところ、既に辞書化していた。

http://eow.alc.co.jp/search?q=sharrow
sharrow
【名】
自動車自転車共用道路標示◆自動車と自転車の共用道路を示す山形と自転車の絵を使った道路標示。◆【語源】shared-lane arrow

protected bike laneも全てが全てその考え方だけで整備されるのではなく、しないをエリア分け、クラス分けした中で整備する手法の一つ。

このsharrowとてshare the roadの根底をなす最低限の整備なのだろう。
しかし、あちらでは車道の真ん中に書けるそのシンボルも日本では真ん中に書くことができない。
自転車が通る場所である車道の左側にも書けない。
法規制の及ばない左端にしか書くことができない。

これが自転車通行指導帯の正体であり、可視化されたのが矢羽根やナビマーク。
はじめの一歩であり、言い換えれば「あってないようなもの」。

問題は転ばぬ先の杖で、自転車の存在を歩行者のくくりに不可視のブラックボックス化したことだろう。そのブラックボックスをクリアにすることから始まっているわけで、霧が晴れるその時にハンドバイクがいなければならない。

理想を置い続ける時、今ある問題を解決さえすれば済むのか?
ハンドバイクの環境を求めることで将来の問題、高齢化さえも同時に解決できるだろう。

以下、sharrowに関する動画。







せっかくのBFF、そのすべてを見なければコメントしてはいけないのかもしれない。日曜の方がおもしろかったのかもしれない。

しかし、クリティカルマスとかとはまた違う考え方なのかな?
正直なところ、不思議な集団。

tetchin01 at 16:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月11日

対等

先日入荷。
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自動車並みのホーンです。
すんなり買えるとは、スゴい世になったものだ。^^;



その分、重量もましまし。
本当につけるのか、少々悩みどころ。

とはいえ今までも遍歴があり、音が大きいものを物色してきました。
それらはハンドルバーにつけることが前提となっているためスイッチが本体と一帯となっていて、どうしてもハンドバイクの場合はグリップから手を離して鳴らすしかないのです。
緊急時なのに不安定になることと、回避しながらだと警告で鳴らしている時間が短くなるため、満足できませんでした。

たとえば、

これはペットボトルに空気をためてならすタイプ。


こちらはライトとホーンが一体になっていて、さらに音も2種類あります。


ただ、前者は車並みの音がなるものの立った数発で終わってしまうため、どこまで通用するか不安。
また、後者はライト的な位置につける必要があり、ハンドバイクでの使用を考えると手が出にくくなり出番が限られてしまいます。

結局は「自動車に立ち向かえるか」を求めた結果で、今回のは破壊力、持続力に関しては申し分ないのです。
下手な商用車より高級感のある音色かもしれません。w

これでホーンだけは対等な立場になったので、一安心(?)

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ところで、先日の日曜日は東京夢舞いマラソン・ポタリングの試走会でした。
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所用があり、前半の20kmで早々に離脱して浅草から皇居と都心を抜け、R246で西に走って帰ってきたわけです。全部でこの日は80kmほど。

ふと、なぜ夢舞いなのか、なぜ自分は一般道の方が良いと思うのか、ちょっと考えていました。
そもれも夢舞いから離れ、一人246を走り、帰ってきてこのホーンを見てわかりました。

道路で、たとえハンドバイクであっても、フェアな立場にいたい。

この考えに行き着きました。
もっとわかりやすく言うと、極端な話しであって、

ハンドバイクに乗っている間に
「すいません」とはほとんど言わない。
「すいません」とは言う必要がない。
「すいません」とは言わなくて済む。

これです。

いまだ法の整備も間に合わず、矛盾など無整備な部分もあるけれど、それでも「自転車はこうである」と主張することができる。

そして、信号無視の自転車など、違うことには違うと主張することができる。

これが夢舞いに出る理由であり、確認する意義があり、主張する役割がある。


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もう一つ、気がつけさせてもらえたのはこれです。

ちょうど試走組と別れてから浅草を通っていたところ。

いわゆるナンチャッテ自転車道ができているわけで、
それも前触れもなく突如現れる。

障害物のないところでは車道と平行して2m弱の指導帯が
あくまでも歩道の中にできていて、バスの停留所ではいきなりその姿を消し、
歩道へどうぞとばかりにシケインがあらわれ、
交差点では減速させることなく点字ブロックに突っ込ませる。

もはや、誰のため何のためにでき上がったのか、訳が分からない道となっている。

この点字ってただの歩道ではなく、自転車通行指導帯を横断するための歩道だしょ。
それをワザワザ点字ブロックを入れるなんてただの人柱にしか思えない。

そう、綺麗に作ったつもりでも、
歩道を使う人にも、
点字を使う人にとっても、
自転車通行指導帯を使う人にも、
車道を使う人にも

フェアではない。

自転車通行指導帯の交差点部は歩行者の滞留場所にはなり得ない。
歩行者はボーリングのピンではないのだから。
せめて、バスの停留所を含めて歩行者の滞留場所に渡るためには”横断できる歩道”が必要である。

何が悲しいか。
今や普通自動車でさえその横断歩道を無視して通過し、渋滞では滞留し、ハザードをつけて駐車する。

正義とは何か?書いてる方が虚しくなるょ。


tetchin01 at 22:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)