車いす補助車等(仮称)

2015年12月14日

プレゼンと

スライド1


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過ぎること4日土曜日にイベントに参加しました。
http://www.paraphoto.org/?p=7366
そして、久しぶりに人前でお話できる機会をいただきました。

どうやら、このイベントはパラスポーツに関連して活動している方が紹介を混ぜてつながり合うことが目的のよう。しかし、自分に何をどの様に表現できるのか、と思いました。

このお話を頂いたのも、この代表の方へタンデムについてお尋ねしたことがきっかけだったとはいえ、ハテどうしたものか。

パラリンピックねぇ。

という事で、そもそもパラとは何か。
そしてハンドバイクとタンデムを組み合わせたプレゼンをしてみよう、と思い資料を作りました。

課題を共有することが命題になると思いつつ、資料は少なくしなくてはと釘を刺す。
とここまで発表時間もわからないまま、ひとまず完成。
しかしページは増。(^^;)

直接に持ち時間がわかるも再構成する余裕もなく本番ですっ飛ばそうと思いつつ、、、

自分の番。
プレゼンのための自分のタブレットをいざ使おうとしてもスリープに入ったままだし、さらにフリーズするし、再起動だしで、もうボロボロ。

結局、時間オーバーを宣言して強行する愚かさ。(T_T)

その後も次々と発言が続く中、聞くことに集中しようと思いつつ、後悔が胸焼きして半分しか耳に入らない。とほほ

ーーーーー

とは言え、聞いたことのまとめ。

団体の方たちの運営基盤が資金調達だというこが質疑を含めて伺えた。

そのうえで、パラスポーツそのもの、団体の活動をどう伝えるのか。

一過性のものにしないためにすること。

以上が特徴的なものかと。

ーーーーー

残りゴミにするのもったいないので、自画自賛として(^^ゞ次でそのスライドを載せようと思います。

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2015年10月11日

福祉機器展

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今年も行けました、国際福祉機器展。

だんだんと出展物が自分の興味と重なってきたように感じるこのごろ。
ハンドバイクをはじめとして移動機器を中心に見てきたわけで、やはりと言うか電動ものが多くなってきた。

(セグウエイ的なものはメーカーが違うかと思うけど、イメージということで)
gammy


sopaur


alver


(このメーカー自体もなかったけどイメージとして)
New Firefly


これらの展示はどうやらコンセプトモデル、イメージとしての展示だったようだ。
業者を叩きたいわけではない。けれども、それぞれ元々の国では商品として存在していて、販売され利用されている。

ということは、諸外国そのものがイメージでしかなく、日本の現実が見えてこない。
その差がなんなのか、もっと積極的にピールすることで次の時代を作ることができるはずと思わずにいられない。

例えば、自動車業界のブースを見ていて思う。
車体に乗り降りすることは一生懸命にアピールされている。しかし、肝心の駐車場の使い方を知らせるようなアピールを展示では見ることはない。

機器をハードの問題とするならば、使い方はソフトの問題といえるだろう。
この2つをうまく機能させて初めて発展することもあるはずで、機器展とはいえ、是非そのところも突っ込んでいただきたいところだ。

上の動画に関係する今年の展示については申し訳ないが、去年見たドイツで見たメッセの縮小版のコピーにしか見えてこなかった。
自分自身がそのように思っているところで、ハンドバイク然り電動の機器は身体機能を補うものであるのと同時に自動車利用でも失われてしまう機会を取り戻すためのもの。

その機会が何によって失われているかを考え突破できれば、きっと次の時代が来るはず。
具体的には道交法、原付と歩行者の間にその「すき間」はある。

健常者が使う歩道上の電動アシストに奪われた、その地位を奪還する時期に突入した。

今回の福祉機器展の感想はこの一言に尽きる。
ユーザーができること、メーカー販売者ができること、役人ができること。
第2のバリアフリーとして、もう一度、目標を定めて動き出す必要がある。


ところでこれも良いよね。道路運送車両法上、ダメだと思うけど。


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2015年09月25日

仮説

先日、BIKE TOKYOのサミットとしてのイベントを見に行きました。
http://biketokyo.org/summit/

このイベント、日程を変えてライド、走るイベントもあったのですが、その参加要綱に
http://biketokyo.org/summary/

08

ということでハンドバイク(サイクル)の禁止が書かれ、それがどうしてなのか、気になったわけです。

とはいえ、直接聞くような肝もなく、ただ話しを聞きながら自問するだけに留まっていました。
ただ、一つだけ、申し込み過程でついてくる保険。この保険にハンドバイクが適応していないことが一番の理由なのではないかと自分の中では結論付けました。
以前、自活研に付随していたとき、ハンドバイクの適応について尋ねたとき、不可である回答をもらっていましたから。

いろいろメモしたことを書こうと思いましたが、頭が怒りの方に触れていたので客観的な内容では書けず、無意味なものになりそうなのでやめました。

ただ一つ、壇上の会話の中で「オリンピック・パラリンピックだから」と何度となく繰り返されていましたが、上記の通り、その競技種目である車種が”禁止”であるうえでイベントが成り立ち、それを言葉にして、なおかつテーマが”シェア”であるというのは、どうにかならないかと思いました。

どうせなら、自転車のバリアフリーとした方が余程、納得のいく展開になるのではないかと感じてしまいました。

と、そんなことを思いながら、こんな動画があり、なにやら一つ自分の中で妙に納得したことがありました。

ロンドンの動画、ほぼ同じ場所の改修前と 改修後。




これだけの幅の専用レーンであればハンドバイクでも無理がない。
場所によっては日本の河川敷の道路より太いのかもしれない。

と、うらやましがってるだけでは能がないので、自分なりになぜコレガできないのか考えてみた。

まずは用地。
複数の車線でれば、極端な例えでそのうち一本をつぶしてしまえば良い。
ただし、それでもなぜか道路構造令によって60cm幅の相互通行路ができてしまう不思議な現象がある。
これはハンドバイクにとって死活問題。

次にルール、道路交通法から。
もともと、自転車は2列で並走してはならない。

ーーーーー
(軽車両の並進の禁止)
第十九条  軽車両は、軽車両が並進することとなる場合においては、他の軽車両と並進してはならない。
   (罰則 第百二十一条第一項第五号)
ーーーーー

そして自動車も本来、交差点部では追い越しができないところ、相手が軽車両の場合はそこが交差点付近でも追い越すことができてしまう。

ーーーーー
(追越しを禁止する場所)
第三十条  車両は、道路標識等により追越しが禁止されている道路の部分及び次に掲げるその他の道路の部分においては、他の車両(軽車両を除く。)を追い越すため、進路を変更し、又は前車の側方を通過してはならない。
一  道路のまがりかど附近、上り坂の頂上附近又は勾配の急な下り坂
二  トンネル(車両通行帯の設けられた道路以外の道路の部分に限る。)
三  交差点(当該車両が第三十六条第二項に規定する優先道路を通行している場合における当該優先道路にある交差点を除く。)、踏切、横断歩道又は自転車横断帯及びこれらの手前の側端から前に三十メートル以内の部分
   (罰則 第百十九条第一項第二号、同条第二項)
ーーーーー

平たく言えば、一列でのみ走行することが認められる反面、交差点ではドンドン抜かれ、そのまま抜き返すことはできない。
こんな解釈だろう。

じゃ、自転車道として整備されているところなら大丈夫かといえば、今のところ「並進可」の標識は見たことがない。
なら信号待ちでも本来一列に並んで待たなくてはならないが・・・。

そこで先頭に戻ってロンドンの情景から日本の道路との違いを見つけてみる。
一つ、バイクボックスがある。

信号待ちで自転車が先頭になるように、絶対的に自動車の前に出るための構造。
ここには並進禁止という考えはない。
逆の表現では、並進禁止の決まりのため日本ではバイクボックスを作ることができない。
この差に注目した。

自分なりの結論。
2本目の改修後の自転車レーンについては、バイクボックスの領域の延長と見ることができるのではないか。
そして交通島の方法でバス停を処理することと合わせて、自転車専用の信号も設置した。

1本目の改修前の動画に出てくるような、反対車線から全ての自動車を抜き去るという自転車がいてはどうルールを適用しても衝突を回避しにくいだろう。

後は車いす的な視点で細くなった歩道が果たして歩ける道なのかが気になるところ。

シンポジウムでも繰り返された言葉の「インフラがあれば人はそこを走るようになる」と言っても、先ずは自転車を使うぞという旗ふりがあって、そこに使うだけの金と価値を見いだすことができなければ、投資されにくいだろう。

しかし、そこに合理的な理由があれば。
なので、ハンドバイクが日常の車両として市民権を得られることによって、道路に於ける車両のバリアフリーの必要があり、物理的な構造の見直しをされることが期待される。

これが勝手な希釈の上での仮説。
普通自転車にこだわっている限り結論は見えてこないだろう、というのが持論。


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2015年09月06日

傍聴6

しばらく日にちが空きましたが、先日またもや横浜市の自転車総合計画協議会の傍聴に参加しました。

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今回のお題は「まもる」と「いかす」。

参考に横浜市のページ
トップページ > 道路局 > 企画課 > 自転車等施策検討協議会 > 自転車等施策検討協議会
http://www.city.yokohama.lg.jp/doro/plan/bicycle/h26/

まずは「まもる」。
昨年度の協議会でルールが守られていない現状を変えるための方法として教育が必要である、この結論に基づいて教育のためのツールとしてルールブックを作成し、現在行われている小中学校での今日だけに留まらず広い世代に向けての普及も目指しましょう。と定まった。

それに伴い盛り込むべき内容などを今回の協議会で了解する。というのが検討内容。

先ずは冒頭に資料を一通り読み事務局の説明として始めるわけだが、当たり前のことその資料にあるとおり、

「ハマちゃりルールブック」と連呼するわけで、

個人の信条としてどうにもこうにも耐えられなかった。
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とはいえ傍聴人として発言はできない。
最後までチャリの表現を否定するコメントは無し。

でも、この場だからこそあえて。
チャリ=自転車としているのであれば、資料全てをチャリと表現すれば良い。
それができないのであれば、それが幼稚などの意味があるのであれば、それこそが行政側の考える自転車の地位なのだと推測できてしまう。

規制の対象としての目線
 ー自転車
利用者の権利
 ーチャリ(チャリンコ)

それが文化?
これがブランド?

サブカルチャーとしてのチャリをメインに据ることの結果として、さらなるサブカルチャーが発生するだろう。
これは敷居を下げたのではなく、意識を下げることの表れだと感じる。
下方スパイラルの始まりとなるブランドになる可能性を感じてやまない。

盗人の意味が含まれるチャリの言葉とルールという正義感、この相反する意味をごちゃ混ぜにすることが矛盾であり、さらにそれを遵守させるというのは、表層では感じない深層の部分で否定する感情に変化するだろうと推測する。

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パブリックコメントにかかるまでに、せめて対案のあるうえでの選択肢の一つとしての(仮称)だとして欲しい。
気絶しそうな気分のまま(^^;)協議が始まる。

結論から逆に言えば、
今後、国土交通省から出るガイドラインの動向を踏まえてルールを表現し、そのルールを解説し、子どもから大人まで伝えていく。そのための制度作りも積極的に行おう。
ということ。

協議の質問の中で後半に出された意見。
この護で表現する内容は原則だけを示すのか、曖昧な部分もはっきりとわかるように判断基準を示すのか。
というものがあった。

原理原則を押し付けるのではなく、多くの人を納得させる表現をすることを求める必要があり、曖昧さを白黒はっきりさせるだけが目的ではないと考える。
まさに乗らない人からの意見だなと感じる。

曖昧さを原則にナゾラエられる様にすること、原則も矛盾のないよに見直しもする。
これこそが現状であることすら感じていないままの発言なのが気になる。

さらには議長までもが今さら「歩道通行もやむを得ない」ことを発言してちゃぶ台返し。

そもそも、この協議会が発足した理由を考え、課題としての事故の現状を変える必要があることを認識したのであれば、生活をシフトするといったような発想がなければ現状を変えることができないだろう。

教育が重要だと結論付けられる「まもる」。
自転車を知ることが結果なのではなく、ここから始まる教育もあることを知って欲しいものだ。



つづいて「いかす」。

意外にも活気づいていたのがバス業界。
このいかすについては、サイクル&バスライドとして駐輪所と停留所の融合について積極的であること。

反対にまもるにもつながる話しで、事故やルール違反も多いのだろう。
バス会社内のアンケートの提出まで発言されていた。

いかすに関しては走行ルール、駐輪ルール、この2つの規制とのせめぎ合いになるのかなと。
利用者の声の出しどころだろう。

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(2)の欄、ここが集大成。
バリアフリーが一般化してきてからだいぶ経ち、今またマイノリティーが影響してマジョリティーに変化を与える時代が来たと感じる。

そしてこれはこのブログでは幾度となく表現してきたこと。
ハンドバイクの走行環境を整えることは、全ての自転車の走行環境を整えることとイコールである。
これだけは胸を張って言える。

ほんの一句の「ハンドバイク」これは死守しなくてはならない。

次回はいよいよパブコメについての話しとなるようだ。

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2015年07月18日

傍聴5

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先日、横浜市の自転車等施策検討協議会の傍聴に行きました。
これで5回目です。
今回は傍聴にもう一人いらしてました。どのような方か知る由もありませんが。

さて、新年度の協議会となり事務局も体制が変わってしまってから初なる傍聴、さてはて。

仕切り直しの今回、平成27年度としてのスケジュールが示されました。
当日の資料を時系列で並べると以下のようになります。
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ーーーーーーーーーー
 (1)4つのテーマごとの取り組み施策体系の確定
平成27年7月16日
 第5回 「とめる」「はしる」施策の検討
同9月1日
 第6回 「まもる」「いかす」施策の検討

 (2)取り組みの推進体制、スケジュール確定 パブリックコメント実施に向けた検討
同11月4日
 第7回 推進体制、スケジュールの検討 パブリックコメント実施に向けた検討

平成28年2月
 自転車総合計画に対するパブリックコメント実施

同3月以降
 自転車総合計画(案)の確定
ーーーーーーーーーー

計画が固まるのが年度末、そこから実際の行動が始まって、うまく浸透していったとして、望まれるような社会が現れるとして・・・。正直、他の前進的な市町村に比べたらノンビリ過ぎるかもしれない。

それでも一つの望みとしては”否定されていない”ということ。

傍聴としてはたから見ていても「こら!」と突っ込みたくなるような項目もなくなったし、間違った方向には進まなくて済むのかな、といったところ。

ということはそれだけ慎重に進んでいると見ることもできる。
反面、こうだ!と強く押し進まれてもいないなと見ることもできる。

次に、今回の主題である「まもる」「はしる」についての資料を確認したい。
なた、後日正式な資料がアップロードされるだろうところで、当日の資料の項目だけを下記に拾った。

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ーーーーーーーーーー
資料3
とめる
使い方に応じた駐輪環境

『とめる』施策の方向性
1.施策の目指す姿
駐輪目的に応じた駐輪場の「量」と「質」の提供と、まちに適した駐輪対策。
2.実現に向けた課題と改善の方向性
 1)駐輪需要に応じて必要な駐輪場の「量」を確保する
  ■駐輪場の「量」の確保に向けた施策
   施策a 買い物利用等目的地へ直接アクセスする利用に対応した駐輪場の確保
    (1)【短期】公共空間を活用した駐輪場の確保
    (2)【長期】附置義務駐輪場制度の検討
    (3)【長期】自動車駐車場の駐輪場への転用可能性の検討
   施策b 鉄道利用等に対応した駐輪場の拡充
    (1)民間駐輪場への補助制度の拡充
    (2)最新の機械式立体駐輪場技術の導入検討
 2)多様な駐輪目的に対応するサービスの「質」を高める
  ■駐輪場の「質」の向上の考え方
  ■サービスの「質」の向上に向けた施策
   施策a 料金制度の改定
    (1)「時間料金制」の導入検討
    (2)利便性・サービス水準に基づく「変動料金制」の導入検討
   施策b 利便性を高める駐輪サービスの向上
    (1)分かりやすい駐輪場情報の提供
    (2)多様なニーズに対応し、安心して利用できる駐輪環境の構築
    (3)交通系ICカードなど料金収受方式の改良
    (4)駐輪ニーズに応じた、定期利用、一時利用の駐輪スペースの使い分け
   施策c 民間ノウハウのさらなる活用
 3)地域、民間、行政が連携し、まちに適した駐輪対策を進める
  ■公民連携による、まちに適した駐輪対策の考え方
  ■公民連携による、まちに適した駐輪対策に関する施策
   施策a 駅ごとの駐輪特性に応じた対策(優先対応駅での駐輪対策方針の策定)
    【駐輪問題に関する駅の分類】
    【基本的な方向性の整理と駅ごとの対策の考え方】
   施策b 地域駐輪問題解決に向けたガイドブックの検討
   施策c 放置しづらい環境の構築
    (1)放置自転車対策の強化
    (2)地域や警察、民間事業者と連携した放置自転車抑制の取り組み強化
    (3)心理的に「停めにくい」啓発手法の検討
   施策d 地域の実状に応じた自転車利用の需要バランスの調整
ーーーーーーーーーー
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ーーーーーーーーーー
資料4
はしる
安全・快適な通行空間

『はしる』施策の方向性
 1.施策の目指す姿
  交通ルールを「まもる」ことを徹底した上で、歩行者・自転車・自動車のそれぞれが安全で快適に道路を利用できるように 自転車通行空間が整備されたまち

 2.実現に向けた課題と改善の方向性
  (1)目標を見据え自転車ネットワーク整備指針を見直す
   ■現行の整備指針の見直し
   ■整備指針の改訂に向けて整理すべき事項
    (1)計画対象路線の設定
    (2)わかりやすい目標の設定
    (3)整備優先順位の考え方の設定
    (4)整備形態の選定の考え方
    (5)整備形態に応じた設計の考え方
      A:整備形態別の標準断面の設定
      B:交差点部の基本構造の設定
      C:法定外表示の設定基準
      D:走行性向上のための配慮事項
      E:その他
    (6)PDCAに基づく計画推進の考え方
  (2)整備指針に沿った自転車通行空間整備実行計画をつくる
   ■自転車通行空間の整備を着実に推進するための「実行計画の策定」
   ■実行計画策定に向けて整理すべき事項
    (1)実行計画における指標設定の考え方
    (2)実行計画での整備対象路線の抽出の検討
    (3)道路状況に応じた整備形態の選定
    (4)重点エリア内における自転車通行空間確保(個別安全確保策)の検討
    (5)自転車通行空間整備路線での自転車通行規制の見直しの必要性の検討
  (3)円滑な整備を実現する合意形成の手順と推進体制をつくる
   ■整備指針+実行計画での整備を進める体制に向けて
   ■合意形成の手順、体制の検討に向けた整理すべき事項
    考え方(1) 合意形成に向けた情報公開の仕組みの構築
    考え方(2) 庁内の推進体制・関係機関の連携体制の構築
ーーーーーーーーーー

さて、どうだろうか。
正直、これだけだと目の前にある、より具体的な課題に対する取り組みが想像しにくく、ユーザー心理に響かないのかもしれない。

平たく言えば、教科書のよう。といったところだろうか。

全体を通して、「〜の検討」という言葉が気になった。
これも平たく言えば「どうする?やってみる?」とユーザー側にも投げかけられていると見て良いはずだ。
以下にその”検討”がつく項目だけを抜き出した。
順番にコピペをしただけなので、全体のどこなのかは追って見てもらいたい。
ーーーーーーーーーー
(2)【長期】附置義務駐輪場制度の検討
(3)【長期】自動車駐車場の駐輪場への転用可能性の検討
(2)最新の機械式立体駐輪場技術の導入検討
(1)「時間料金制」の導入検討
(2)利便性・サービス水準に基づく「変動料金制」の導入検討
施策b 地域駐輪問題解決に向けたガイドブックの検討
(3)心理的に「停めにくい」啓発手法の検討
(2)実行計画での整備対象路線の抽出の検討
(4)重点エリア内における自転車通行空間確保(個別安全確保策)の検討
(5)自転車通行空間整備路線での自転車通行規制の見直しの必要性の検討
ーーーーーーーーーー
見方を変えればアイデア募集と見ることもできるし、問題点の解決方法だろうと考えている項目でもある。
ならば問題点の本質は何か、ユーザー側でもできることは何か、それを行政側も求めていると考えていいだろう。

もう一つ、協議会の中でのやり取りで印象深いものがあった。
それは「外国籍の人の対応を考えなくてはならない」というもの。

標識、路面表示、ガイドブック、駐輪場表示など、何カ国のどの国の言葉までをカバーしなくてはならないのか、というものだ。
途中の話題で、最近の小学校の運動会のエピソードがあった「最近の徒競走のスタート前に8カ国語で対応しなくてはならない要な状況である」というもの。

それはそうだ、「自転車専用」などと道路に書こうとしてそれが8カ国分。
それじゃ、スターウォーズのオープニングのようになってしまう。(^^;)

個人的にそれは、個人に合わせたより丁寧な対応(8カ国なら8カ国の)と、たった一つのシンプルな表現(シンボルマークだけ)の組み合わせを、継続的に、網羅して行っていくことが重要だろうと思う。

最初にも書いたように全体的に”間違った方向には行かなそうだ”と安心して聞けた内容だ。
ただ、これは委員にかの絹代さんがいることの意味合いが相当に大きい。
そう、横浜的に例えるならばまさに”黒船”なのかもしれない。

マイナスに動きそうなところを軌道修正してもらい、事務局にすらこの自転車総合計画を制定することの何が本質の問題なのかを気づかせてもらったのだと考えている。
それは今までの計画を見直さなくてはならないとの危機感から始まったはずであり、逆にそれが誰か(例えば国)から言われてやっているとなっては本末転倒、意味がない。

協議会、パブコメ、自転車総合計画。
そう、最後には横浜市として自転車の扱い方が”変わる”。

大雑把に言って、今、国の中央省庁で作られようとしているガイドラインをコピペしていると言っても良いだろう。
その国のガイドラインさえ、良くも悪くも自転車ユーザー側に大きく舵を切って、多くの意見を聞き入れながら変えようとしている。
コピペといことは横浜市の計画もユーザーの意見を入れたいと考えているはず。

何が問題で、何が解決策で、それを改善するための方法と、ネックとなる課題と、本当に結果として現れるのかという課題。
(これは施策にもあるとおり、いわゆるPDCAサイクルのこと)

計画だけ変わったのに結果が変わらなくては、元も子もない。
これが行政側の警察側の協議会の、そして他人側のせいだと最後に言えるのだろうか。

自転車にとって、
こんなに当事者の意見を求められている時代があったのだろうか?
と声を大にして言いたい。

傍聴があったことも知らないとか、どうせ意見も言えない、など考えてないだろうか。
具体的な議題がアップロードされているのが直前である感は否めない。それでも傍聴の日程は既に公表されている。
確かに、傍聴の席では発言できない。それでもこのネットでの社会がある。
メールだって市長あて事務局あて区役所あて、FAXだろうが郵便であろうが、自分の考えを伝える方法はいくつもの方法はある。

「知らないわからない」自転車が社会問題化される昨今、問題の本質のどこかにこの言葉が潜んでいると考えている。

これだけ丁寧に変えようとしている市町村の計画も少ないのではないかと感じる。
もし、どうせ変わらないとか、変わったところでどうしようもない、と考えているのであれば人任せにしたことを後悔するだろう。一人一人の考え方が伝わればその未来が変わる。

最後に、ハンドバイクとして。
エピソードして中段に外国籍の方の話題が出たことを書いたが、外国籍の方を「情報弱者」と置き換えることができる。
交通弱者という言葉があるがこの情報弱者は交通弱者に内包される言葉になる。

平たく言えば、視覚障害者とも同じ立ち位値にもなるということ。
ちなみに視覚障害者は、「視覚”情報”」と「情報に伴う機敏な動き」の2つが”弱い”と考えられ、外国籍というのも国籍だけの問題ではなく、正確には「情報の識別」という”情報”の判断がしづらい状態のことだと言うことができる。(日本国籍でも日本語が不得手の方もいるように)

そして、ハンドバイクは歩行という運動機能の”弱者”である。

本当は今回の協議会でもっとリードする言葉で投げかけてここを煮詰めてほしかったこと、それは”弱者”の抱える課題の本質を見つめることによって全体を押し上げる解決方法が見つかる、ということに。

ハンドバイクとしてシツコクこの協議会を追っているのもそこにある。
たぶん最後まで個別にハンドバイクを取り上げた仕組みはできない。
それでもハンドバイクとの共通項を提案することによってどう共存できるかを意見することはできる。
”弱者”にならないためにはその社会に”参加”することが必要であり、見切られてもならないし、見切ってもならない。
ただ傍聴に参加する、それが唯一の参加方法ならば貴重な休暇をそれに充てることは価値がある。(^^)

ということで次回は9月1日、防災の日だ。
かの震災の日、何か考えることがあったのなら傍聴してみても良いのではないかと思う。

まだまだ先はながいなぁ。

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2015年06月29日

法案

もう2週ほど前のこと、郵便が届いた。

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なんじゃこりゃー。

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いやいや、イベント告知の手紙だった。

ま、自活研メールで事前にイベントがあることだけは知っていたので予測はついたけど、でも、少なからず持つ手が緊張したわけで、できれば表に「イベント告知」とだけでも書いて欲しかった。

と、休みも半日取れてイザ。

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当日の資料に・・・

BlogPaint


参考資料として例の提言が。そして「ハンドバイク」の文字が。

この法案の基本方針を見る限りではどうも「普通自転車」に対する内容になってしまいそうな雰囲気があるものの、提言という基礎にハンドバイクという杭を打ったことが活きてくれれば良いのだけれども・・・。


詳しい内容については下記動画などを参照。
ーーーーー
(6/25) シンポジウム「自転車活用推進法を徹底解剖する」
(第二東京弁護士会)


Broadcast live streaming video on Ustream

ーーーーー
自活研広報担当かれん氏のブログリンク
【NPO自活研ニュース(会員用)】2015年6月29日 月曜日発信
<<報告・【シンポジウム「自転車活用推進法を徹底解剖する」】>>
http://t.co/mpYdLSu1io
ーーーーー
サイクルスポーツ>
今国会で成立なるか?「自転車活用法案」めぐりシンポ
http://www.cyclesports.jp/depot/detail.php?id=12771
ーーーーー



当日、話を聞いて気になったこと。

○起爆剤
もちろんその一つにオリンピック・パラリンピックを外すことはできない。
それよりも、しまなみ海道をはじめとする観光材料についての話題にチカラが入っていたこと。
要は「地方の活性化」だと。

ことハンドバイクに当てはめて考えてみると、走行環境とイベントの在り方に関係していると感じた。
その一つに機体の選び方がある。
首都圏のイベントではレース用などの固定車よりもアダプらの方が選び易く、反対に東北や九州などのイベントもしくはサーキットのクローズドのコースではレース用を使い存分に走っている様子が伝わる。

これは、地方だから都心だからと切り取るのではなく、観光として人それぞれが「あそこを走ってみたい」という欲求が高まることが重要だろう。

そう考えると、日本人に無理に勧めるよりもいっそ呼んでしまった方が上手くいってしまうのかもしれない。
例え層が薄くても、同時多発的に、広域に、様々なイベントが継続されて行われていることが重要だろう。

レースであれポタリングであれ、ハンドバイクが参加するイベントがあればこそ、もしレースを福祉的切り口で見られてしまうのであれば、ポタリングを社会参加の切り口として反映させるようにすれば良いし、純粋にレースが競技として存在すれば、ポタリングにその技術をフィードバックさせれば良い。

いずれにしても「日常」と「非日常」の組み合わせを両輪にその軌跡を引き延ばすことが重要なのに、いかんせん現在はそのハンドバイクそのものが「非日常」であるがためにその可能性を見る事ができない。

本当の起爆剤は「乗ってみたい」「走ってみたい」という欲求そのものだ。
その意味ではハンドバイクであろうがロードレーサーだろうが変わりはない。

「欲求 = バリアの向こう側」
と捉えれば障がいのある者と健常な者との価値観も変わらないのかもしれない。

どうか絵に描いた餅ではなく、たわわに実った果実になりますように。

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2015年04月05日

傍聴4

かなりの時間が過ぎてしまいました。

過日、横浜市自転車等施策検討協議会の傍聴に行きました。

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今回のテーマは「はしる」と「いかす」。

利用者側からすれば肝のテーマ。
正直、利用者側からすれば反対側だろう委員の皆さんがどのような話しの流れになるのか。

と、資料に目を通せば
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お、ハンドバイクの文字が。(^^)
たったこれだけでも、未来への足がかりになるか!?



そして、始まった協議会。
「はしる」については、やはり車道か歩道かの話しで終始される訳で、資料の影響からか「矢羽根があるかどうか」の論調で話しが進む。

本当はここでは事務局なり交通管理者(県警)の方にひと頑張りしてもらって、
・道路としての自転車道
・自転車だけに規制された自転車レーン
・規制を伴わない目印なだけの矢羽根
この使い分けについて深堀して会場の共通認識にして良かったのではないかと思った。

そこで、交通管理者から驚がくの一言。

「(歩道を通行する上で)徐行が時速何キロかどうかというのではなく、事故がない常識の範囲内で走れば良いと思うのです。」

と。

事故がなければ常識で、事故があれば非常識。
そんな、ギャンブルの様な状況に歩行者は歩道にいさせられている。そんな気分にもなる訳で、軸足はやはり自動車に置かれている印象。その中で犠牲を払った人々を考える必要もあるだろう。

前の記事でも書いたように、その脳裏には大型車との事故の可能性が前提となった考え方なのだろうなと感じた。

存在自体が非常識なハンドバイクがその常識を変えられる、その存在になれるだろうことを感じた。

委員の一人、絹代さんのブログを読むと、唇を噛むような感覚が伝わってくる。
それなりに、日々更新>自転車が怖い!
http://hurray.kinuyoworld.net/?eid=1234469

「ただ怖い」という欠点を、「やっぱりこうでなくちゃ」という利点に変えるための知恵が必要だろう。



ここまでで会議の2/3の時間を使い、残りは40分。
資料で気になったハンドバイクはどのくらいの印象になるのか・・・、結局、事務局からの説明として記事をなぞって読まれたのみで、期待の反面に印象は残らず。(T_T)

どうしても、パラリンピックの文字と合わさることで「あちらの話し」になってしまうのではないかという不安もある。

であれば、こちら側から訴えるのであれば見方は2つ。

一つは、もちろん勝負としてのレースの有りよう。
ならばそのための環境整備まで含めて考えるべきだろう。

もう一つは、日常生活での活用。
ここで注意が必要なのは、それを高齢者問題とひとくくりにされ、ただ保護されるだけの存在になってはその将来が閉ざされてしまうこと。
あくまでも健常者が利用できる環境でも使え、場合によっては保護されるべき高齢者と同じ環境が必要になる、ということ。

これを多様性と表現できるのではないか、そしてその多様性を自転車として表したのがハンドバイクそのものであって、ハンドバイクの利用環境を考えることで自転車の多様性を保つことができる。

どっち付かずのいい加減さではなく、社会参加のしかたの度合いの差で使い分けることができること、選択肢があることが自由があることなのだと。

まだまだ、これから計画案が作られ、計画案に対するパブリックコメントが募集され、それに応える形で計画が策定されることから、道のりは長い。しかし、時が過ぎるのは考えるよりも早い。

興味が持たれなかったのはその存在が知られていないことも多分にある。
ならば、今から常識となる下地を作ることも可能だということ。

文明開化としてのハンドバイク、いいじゃん。

tetchin01 at 20:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年02月21日

自活研in関西

BlogPaint


もはや先週末、自活研in関西に参加するため大阪へ行ってまいりました。

この回は、大阪市、高槻市、茨木市、京都市の自転車行政を担う方々のシンポジウムというとても興味深いテーマだった訳です。

【第4回自転車活用研究会in関西・4都市の未来を語る】
「自転車利用環境整備の担当者が本音で語る自転車行政」


大阪府下において大阪府自転車通行空間法定外表示実施要領というものである程度、枠組みを決めていて(1:09:30、1:55:30の場所)それに基づけば警察との協議もし易いとのこと。

また、整備携帯に関してレーンを作ることに関して、やはり警察との協議の中で
「規制を伴うもの」
「規制を伴わないもの」
この境目で実現させるハードルの高さが違い、整備の速度が断念違うものなのだということを知った。
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(参考)
第5章 高槻市の自転車利用環境向上に向けた基本計画(p51)
表5-1 自転車通行空間の整備形態一覧
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/69/5,6syou.pdf



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さて、以下は堅苦しい話し。
本来、こんなことは自分の頭の中で揉んで、必要とされる時にコメントすれば良いわけだけど、ハンドバイクとしてこんなことを語る様な機会もないので、ここで表現します。
あくまで私的な現時点での考え方をまとめただけのものです。

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今回、大阪への往復の新幹線で読もうと持ち込んだ文庫
「事故がなくならない理由(わけ): 安全対策の落とし穴 (PHP新書) 新書  芳賀繁 著」

行きのうちでは読み切らず、帰りに読み終わった訳で、もしや行きのうちに読み終わっていたらシンポジウムでもっと突っ込んだ質問をしていたのかもしれない、と思えるほど勉強になった。

リスク・ホメオスタシス理論や、リスクマネジメントの考え方を読みつつ、色々な考えが頭を巡った。

危険を回避する手段・対策をとって安全性を高めても、人は安全になった分だけ利益を期待してより大胆な行動をとるようになるため、結果として危険が発生する確率は一定の範囲内に保たれるとする理論。
(コトバンク> デジタル大辞泉> リスクホメオスタシス理論とは:(https://kotobank.jp/word/リスクホメオスタシス理論-682901))

とのことで、ただ良い事例として工事をしても、それ以上に事故の件数が上がってしまう可能性が有り得るわけで、ではそれをどうするのか。

いくつかの都市の計画書を読むなかで必ず出てくる言葉「ハードとソフト」。
これがそのまま「物理と論理」とすべきなのかと考えた。

例えば、シンポジウムでも発言のあった高槻市の「たかつき自転車まちづくり向上計画(素案)」を見ると、

自転車を安全・快適に利用できるまち たかつき
・ハード面(自転車通行空間や駐輪環境の整備)ならびにソフト面 (自転車利用時のルールやマナーの周知、自転車の利用促進)の 各種施策・事業を総合的に展開することにより、「自転車を安全・ 快適に利用できるまち たかつき」の実現を目指す。
としている。

リスクホメオスタシス理論で説明されている「危険を回避する手段・対策」が、上記に計画を抜粋した項目の「ハード面とソフト面」の両方の意味に含まれている場合、「人は安全になった分だけ利益を期待してより大胆な行動をとるようになるため、結果として危険が発生する確率は一定の範囲内に保たれる」ことにならないのか、ということ。


そしてもう一つ、以前から参加している横浜市の自転車総合計画協議会の傍聴で聞いた座長の言葉にたどり着いた。
「そもそも、この計画により自転車を規制するのか、推進するのか、そこの部分は如何でしょうか」
というもの。
結局、誰もそのことについて討論やまして結論もないままだ。

そこで一つの考え方に辿り着いた。

もしかしたら、本来見るべき対象は「規制と推進」なのかもしれない、ということ。

「規制と推進」を仮定すると、
規制とは、規律により行動を制すること。
推進とは、達成するように努力すること。

となるのであれば、「自転車通行空間や駐輪環境の整備」も「自転車利用時のルールやマナーの周知」も規制のうちの一つと言えないだろうか。では推進とは?

「規制」という区切り方で見ることで整理がつきそうなことを上記シンポジウムの参加者で考えてみると、
 大阪市建設局 管理部 自転車対策課(自転車施策担当)
 京都市建設局 自転車政策推進室 計画推進係
 高槻市 都市創造部 道路課 計画チーム
 茨木市 茨木市建設部 道路交通課 交通対策係
とのことで、いずれも土木事業を担う部署であることがわかる。(いずれも氏名省略)


もう一度、「たかつき自転車まちづくり向上計画(素案)」を見てみると

・基本方針である4つのP(はしる、とめる、まもる、つかう)は、 利用者や関係者が一体となって、交通安全・地域活性化・健康増 進・環境負荷低減などにつながる「自転車まちづくり」を推進し ていくための共通の指針とする。

とあるところ、「第2章 自転車利用を取り巻く情勢」のうち「3.自転車利用のメリット」「 1)健康面のメリット」の項目。(出展元:http://www.city.takatsuki.osaka.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/69/1,2syou.pdf

・自転車のように日常的に継続する運動は、生活習慣病の予防に効果があるとさ
れています。例えば、心筋梗塞などの心臓血管病、脳梗塞などの脳血管病、糖尿
病、肥満等の発症率の大幅な軽減、さらに、最近では、大腸がんや乳がんの危険
性が軽減できるとされています。 出典:「成功する自転車まちづくり~政策と計画のポイント~」(古倉宗治)より作成

とあるのみで、課題データや目標値が掲載されていない。

このことから考えると、やはり「規制」をする視点からの計画に偏っているのではないかとの思いにたどり着く。

そこで、この様なイメージなのではないかと考えた。
大阪シンポ
(当初のものを画像差し替え、下段に追記あり)

道路管理者とはシンポジウムでの壇上者のような道を作り管理する者で国・県・市町村に分かれる。
交通管理者とは主に警察。
環境管理者、健康管理者とは私の造語であり、
環境管理者とは温暖化対策などを行っている公的機関。
健康管理者とは衛生、福祉、保険などを行っている公的機関。

模範的利用者とは自分が正しい自転車利用の利用をするだけでなく、それを他の利用者に対しても指導することが資質を持つ者。
中質利用者とは言葉の上では正しいことと悪いことを理解していて、おおよそ遵守することができる者。
低質利用者とは無認識、無理解の者。又は認識と理解をしているが、故意を持って遵守できないもの。


ということで、「管理者」と「利用者」があい反する立場として存在するその間に「自転車社会」という空間が生まれるものと考え、その「自転車社会」の質(立場)を向上させることこそが本来推進すべき状態なのだという考えにまとまった。

ならば、ここしばらく日本全国で広がる「自転車総合計画」については、あくまでも「規制」の中の話しでしかないといえる。

そして、その中でも「抑制する規制」と「推進する規制」とを整理しているのが現状であり、推進する規制とは「規制緩和」ということができる。

とここまで整理すると、本当の意味での「推進」とはいつやってくるのかまだ見えない。
なぜなら、今は ”〜といわれている。” の表現だけでこの図の右上囲みの「推奨する存在」がいない。

ブームと言われてしばらく経ったかのように感じても、なにかノドに骨が刺さった感を感じてしまうのは、このような表現のバランスが取れていないからだろう。

オリンピック・パラリンピックをそのきっかけにする場合、もはや大会までは「どう規制するか」という期間であるといえないか。
いや、逆に「規制する期間である」と言い切ってもらった方がはっきりするだろう。


そして、もしかしたらロンドンはその様な方法をとって、まさに規制する期間が終わり、推進する期間に移行したのではないか、とそのように考えている。


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とやっとこのブログの真骨頂。
さて、その中でハンドバイクとしてどのように生きていくか、だ。

長々書いた理屈によって、現在が「規制」をどのように整理するかの期間なのだとした場合、先ずはその規制に同調できることが第一段階。
要はハンドバイクとして固定型でも分離型でも法律などでその立場を確立することが必要だ。
その確立した立場からの走行空間の確立が第二段階。
そして、規制ではなく推進への移行が第三段階。

問題は「転ばぬ先の杖」として規制があまりに強化されないように、自由な余白が残るように監視しつつ、市民権としての権利を主張することだろう。
(電動車いす、ハンドル型電動車いすの規制がその例)

はしる・とめる・まもる・いかす、ハンドバイクも求めていることはきっと同じ。

ちなみにテレウス社のwebにはこのように解説されている。
(以前の表現で“ハンドサイクル”となっている)

●健康や運動にとってのハンドサイクルの魅力をご紹介します。
車椅子で、自転車のように走ろう! 〜ハンドサイクルの魅力〜
http://www.terreus.co.jp/01_handbike/topics/kenkoukouka/kenkou.htm

どう楽しめるかの分岐点にようやく辿り着いた、のかと。

tetchin01 at 14:47|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2015年02月13日

シャフトドライブ

日常生活でハンドバイクを使っていて、少々厄介なのが油汚れ。
目の前にBBがくるので、それもそのはず。

今のところ、シュトリッカーのベルトドライブが一番使い勝手がいいところかなと。

そのなか、やはり、というべきか、ありました。
シャフトドライブ、それもアダプタタイプです。

サイトのメインページ
Double Performance
http://www.doubleperformance.nl/index.html

シャフトドライブのページ
Tracker handbikes
http://www.doubleperformance.nl/pages/producten/handbikes/aankoppel/kardan.html?headerbar=1?subexpandable=2

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(これで良いとは限りませんが、著作問題の回避ということでこんなキャプチャ)

シュトリッカー社とは違う取付け方法なので、おいそれと使うことは難しものの、なにか勝手な先入観で「さすがオランダ」と思ってしまう単純な思考。

ま、チェーンモデルのページには、その差はあまりありません、と書いてあるのであまり大きな期待をしても損かもしれませんね。

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ところで、このページを見ていてふと思えたこと。
自転車関係で関わりのある方達がよく言う「自転車先進国」という言葉。

自分勝手ながらこれはそのまま「ハンドバイクの文化度」で測ることができるものと考えている。

ハンドバイクがあると言うのは、健常者の乗る自転車が文化としてある中で、それに障がい者が追いつくための道具としてハンドバイクが発展しているはずだと。

そして今まで見てきたYoutubeでの動画の数々。
イタリアをはじめとするハンドバイクのレースの活況さであったり、ドイツそしてこのオランダのアダプタハンドバイクの文化の度合い。

それに対する日本の現状。

だとすれば、ママチャリvsロードバイクというような図式で、その数だけを比較するだけが問題なのではないのかもしれません。

ただ、なんとなく。

tetchin01 at 00:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年02月05日

感想:さいたま市シンポジウム



「さいたま市パーソナルモビリティ普及シンポジウム」の配信動画。
やっと見ることができた。

6km/h、3輪、電動アシスト、フル電動、そして共存。
今個人的に思っている、ハンドバイクの持つ悩みの要素の全てを含んでいる話しだと感じた。

というか、去年のドイツでも見てきた、表立ったハンドバイクメーカーがマニュアル、アシスト、フルパワーの三種を基軸に販売している点が興味深い。

また後半、新しいカテゴリーを作りたい、という言葉に対して、”社会的つながり”という意味を込めて、SNC(social netwaorking circle)というネーミングを思った。まさにSNSのパクリ。
でも、Circleという言葉にいくつもの”輪”という考え方を含めることができるので、それなりに成立しないかなと。

ま、それはともかく、会場に行けなくて、とても残念。



tetchin01 at 22:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)