ポタリング

2008年10月21日

車輪の先に見えるもの3

どもども。前々回の書き込みは自分で抱えていたモヤモヤを晴らすために「これでどうだ」とばかりに書き綴ってしまいました。

もうちょっと整理しながら話を進めてみましょう。

  これからハンドサイクルを始めようとしている人、
  走る場所が思っていたより無くて飽きて行き詰ってきた人、

等々の方に向け、ハンドサイクルがこれから向かうべき方向を見つめて行きたいと思います。

話は戻りますが、前々回の書き込みは、

「なぜ、日本ではハンドサイクルを乗り回す道が少ないのか、
 なぜ、元々からハンドサイクルの文化が無かったのか」

この”なぜ”を考えていとき、ちょうど自転車(健常者の2輪車)の道交法改正の話題と出逢ったのがきっかけでした。

それから、たまに話題になる、ハンドサイクルの欠点。一つ一つを考えるとメーカや代理店だけで解決できる問題だけではないのではないか、と感じたんですね。(とは言え、別にマーケティングしているわけではありません。個人レベルでの考察ですので、あしからず。)
で、以前からのアスリートでいらっしゃる方々は既に答えをお持ちなのかも知れませんけどね。

そこで、つい最近出逢った本。
「市民マラソンの輝き」という書籍なのですが、その著者は大島幸夫さん。
そう、この方は先日図々しくもハンドサイクルで参加させてもらった、東京夢舞いマラソンの事務局の理事長さん。
こういった機会でお名前を拝見するとは思いませんでした。

ぱらぱらっと目次を眺めると、その一つに「公道に踊る市民主義〜本来、道路は誰のものか。そして、道路文化とは〜」(目次から引用)なる項目が。
日本の道路を閉鎖的に感じていたのは何も自転車だけではないようですね。

個人的には、障害者のマラソン大会の参加についてや、ハンドサイクルの言葉まで登場していることに興味津津。
また、順位の無いイベントというのも良いですね。"競技"と表現されるだけで鳥肌が立つ体質だから、がんばらなくて良いと思えると気が楽。
’06年に出版されているにもかかわらず、国外(ニューヨーク)では既にハンドサイクルで参加できる市民イベントがあったことに驚きました。調べると、某NPOさんが関係して日本からも参加しているようですね。
恥ずかしながら、英語なんてからっきしダメだから図々しいですけど、でも、いつかは行ってみたいですね。
どうか夢舞いマラソン(どうせなら、東京マラソン)も、こんなふうになったらいいな。って夢見ちゃいますね。

まだ、半分ほどしか読めておらず、感想を述べるまでは行き着いていませんが、「市民マラソンとポタリング」なにか通ずるものがありそうでなりません。

次回は欠点から見る外的要因について。(うんがうぐっ)

でわでわ

tetchin01 at 22:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)